韓国スローフード探訪11 薬食同源は風土とともに

神話が宿る江華島のスンムッ(蕪)キムチ
日付: 2019年04月03日 00時00分

新見工房代表 新見 寿美江

江華赤蕪
 韓国を代表する食べ物の一つといえばキムチ。発酵食品として栄養価も高く、美容効果もあるとされ、その人気は世界中に広まった。
東京の桜も満開を迎え、あっという間に新緑が美しくなり夏へと向かう。旅に出るのもいい季節になってきた。少し気は早いのだが、真夏前に必ずといっていいほど足を運んでいるのが仁川広域市江華郡にある江華島だ。ここには、世界文化遺産に登録されている江華支石墓遺跡や建国の祖とされる檀君神話が伝わり、その昔、檀君が天に向かって祭祀を行ったとされる摩尼山には塹城壇が遺り、毎年10月3日の開天節には祭りが行われている。古代のロマンに思いを馳せながら、いつしかお目当ては、江華島特産の大きな赤蕪(白もある)の水キムチ=スンムッムルキムチになって久しい。もちろん、薬念キムチもあるのだが、水キムチの印象が強い。ひと切れ口に運ぶと穏やかな酸味と甘みが広がり、サクッとした歯ごたえの後は爽やかな風味に包まれる。汁は一服の清涼剤にもなり、何より赤蕪の元気な色がいい。江華島の農協周辺や風物市場には、夏になるとたくさんの出店が並び、ソウルなどからやってきた人たちがキムチを買い求める光景がある。幾度となく訪れているソウルだが、市内の飲食店で未だスンムッキムチを出されたことはない。このキムチに出合ってからは、シーズン以外でも市場の人に頼んでスンムッの畑を見に行ったり、収穫を手伝わせてもらったりしている。畑と隣り合うように、世界文化遺産の江華支石墓遺跡がある風景は、時空を超えたものが伝わってくる。
春の息吹が少し感じられた3月上旬に、江華島の風物市場を訪れた。季節的には、お目当てのスンムッキムチはないのだが、「もしかして保存しているものがあるかもしれない」という淡い期待をもって行ってみた。予想どおり「今は季節じゃないから」と言いながら、市場のおねえさんがこれを食べてとネギのキムチを差し出してくれた。シャキシャキ感とネギのトロミと薬念が融合したトロ甘辛が絶妙。キムチを作る時の合わせ調味料となる薬念に、江華島特産のペンデンイとアミの塩辛が入り風味を高めているのだろうと思った。
分厚く切られたスンムッキムチ
 この地は漢江(韓国最大の河)の河口で、臨津江(イムジンガン)などとも合流することから淡水と海水が混ざり、栄養豊富な魚介類に恵まれている。土地の人たちは、それらの旨みをキムチにも使っているのだ。
感心しながらネギのキムチや大根のキムチを差し出されるままに試食していると、おねえさんが「保冷庫で保存していたスンムッで作ったキムチも食べてみる?」と聞いてくれた。「あるのですか?」と訊ねると、笑いながら「自分たちで食べるものだから、どうかな。2階に食堂があるから、そこでご飯を食べて。持って行くから」と。嬉しかった。2階の食堂へ。どこにしようかとキョロキョロ見回していると、懐かしい顔のおねえさんがこっちを見ている。以前、ペンデンイ(ままかりのような魚)の焼き魚をたくさん食べた食堂のおねえさんだ。そこにしようと席に着くや、スンムッキムチを持ってキムチ店のおねえさんがやってきた。食堂のおねえさんと一緒にスンムッキムチをいただく。箸が止まらない。淡泊な味のペンデンイの焼き魚とともに、滋味あふれる昼食を過ごした。夏が来るのが待ち遠しい。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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