新見工房代表 新見 寿美江
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淳昌の醤類博物館 |
猛暑で食欲が減退した昨年の夏、コチュジャンを使ってサラダドレッシングを作り、生野菜にかけていただいた。ピリッとした辛味が、ぐったりした身体に少しずつエネルギーを与えてくれた。今や、日々の調味料として欠かせないものになっている。
キムチと同様に、日本でもすっかりお馴染みとなったコチュジャン。韓国には、かつて王様に献上したと伝わるコチュジャンの里、淳昌という所がある。最初に訪れてから15年ぶりに訪ねてみた。村の入り口には大きなアーチが設けられ、広大な駐車場の近くにはみそと醤油、コチュジャンの作り方を紹介した醤類博物館が建ち、韓屋が立ち並ぶ村の奥には淳昌醤類体験館もあった。
現在のような民俗村になったのは1996年のこと。この地域に点在していたコチュジャン作りの農家46世帯をひとつにまとめ、村そのものが伝統的な作り方や食文化を受け継ぎ、後世に伝えるための生きた博物館となっている。村の中には、300年の伝統を持つ家や、梅を使ったチャンアチ(みそ漬け)を何代にもわたって作っている家もあるなど発酵文化の奥深さと、健康を保つ秘訣を垣間見ることができる。
コチュジャン(唐辛子みそ)、テンジャン(みそ)、カンジャン(醤油)を作るのに欠かせないのがメジュと呼ばれるみそ玉。これは、主に冬場に作るもので、大豆を茹でてすり潰し、四角形にして縄でひもを作り十字にかけ、室内で表面を乾かしてから軒下などに吊るし発酵させる。早春の訪れとともに、大きな甕(ハンアリ)にメジュを砕いて入れ、水と塩を加えると、ハンアリの底のほうにはみそができ、上澄みは醤油となる。
さっそく淳昌醤類体験館で話を伺うことにした。ジャンの元になるのはメジュ。「知っている」とは思いつつも、知らないことも多い。建物は学校のように設備が充実し、調理実習室をはじめ宿泊施設も整い、海外からの研修生にも対応できるようになっていた。早々に、解説員の方から淳昌コチュジャンについて話を伺った。
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軒下一面につり下げられたメジュ |
以前から知りたいと思っていたのは、「なぜ淳昌がこれほどまでの産地と言われるようになったのか」ということ。通訳の方も来てくれた。解説員の方が、「メジュ作りに必要とされる清浄な空気と水はもちろんですが、淳昌は霧の発生する日が多く、緩やかな発酵を促す最適な気象条件に恵まれています」と。なるほど、これまでずっと疑問に思っていた謎が解けた。ポイントは霧。さらに「四角形の方がメジュで、丸い形をした方がコチュジャンメジュ」と聞いて、違いがあることも知った。さらに話は続き「淳昌では処暑のころにコチュジャンの麹作りを行い、秋から早春までかけて仕込みをするのが他の地方とは違う」という。決め手は発酵にあるのだ。気象条件を上手に活用した先人の知恵がすばらしい。話を聞いた後に村内を歩いた。早春の陽を受けたメジュが簾のように軒下に下がっている。
整腸作用をはじめ健康効果を促す醤油やみそは、時間をかけて育まれ出来上がることを実感した。地域によって、さまざまな工夫や作り方があるのだろう。まだまだ旅は続く。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。