韓国スローフード探訪4 薬食同源は風土とともに

清浄な空気と水、薬草の里「山清」
日付: 2018年11月21日 00時00分

太刀魚の焼き魚とバンチャン

 この里は、釜山・金海国際空港から西へ車で2時間20分ほどの慶尚南道山清郡にある。昔から薬草が自生し、ユネスコの世界記憶遺産に登録された許浚(1539~1615年)の著書『東医宝鑑』を編纂した場所としても知られている。現在は『韓医学の里』として整備され、広大な敷地内には許浚の功績を伝える『山清韓医学博物館』があり、数多くの資料を見学できるとともに、一帯で採れる薬草の種類や使い方などを知ることができる。
薬食同源の国と呼ばれる韓国の中でも、以前から山清には特別な思いをもっていた。念願が叶って晩秋の数日間を過ごすこととなり、冬支度に忙しい集落から、車で山清韓医学博物館のある『韓医学の里』へと向かった。
薬草への興味はもちろんだが、食事への期待感はいうまでもない。ご一緒していただいた郡庁の方から「山清は智異山(1915メートル)の恩恵を受けてきた地域で、裾野にある王山(923メートル)、筆峰山(848メートル)、機山(611メートル)などの山々と鏡湖江に囲まれ、清浄な空気と水、そして昼と夜の寒暖差や適度な霧などの効果が作用し、薬効成分の高い薬草を採取することができます」という説明を聞きながら、標高435メートルほどの高所に広がる『韓医学の里』に到着した。
見晴らしの良い場所に『山清韓医学博物館』があり、館内を順路に従い見学していると、この周辺の里山には「タスルギ」と呼ばれる巻貝の一種(日本ではカワニナの仲間)が生息しているとあった。ずいぶん前に全羅北道の全州でスープを飲んだことがあり、その味に感動したことを思い出した。
宿泊場所は『韓医学の里』から下りた麓のペンション。2日目の朝、地元の方に勧められ町の食堂でご飯をいただくことにした。朝8時からということで、ピッタリと食堂へ着くように向かった。玄関で靴を脱ぎ、オンドル部屋のテーブル席に着く。「う~ん。温かい」
オンドルの温かさにキャッキャッしていると、炊き立てのご飯の香りが店内中に漂ってきた。おばちゃんたちがテーブルにモヤシのナムル、ポテトサラダ、インゲン豆の煮物、カタクチイワシの佃煮風、沢ガニの甘辛煮、キムチなど10種類ほどの小皿の料理(バンチャン)に太刀魚の焼き魚を並べてくれた。
これで終わりかと思っていたところに、大振りの器に入ったスープが運ばれてきた。「いただきます!」というなり、真っ先にスープを。味噌汁でも澄まし汁の色でもなく、青菜が表面を覆っていて何のスープか見当がつかないが、まずはひと口いただいた。「旨い」。
今度は、ゆっくりとご飯やおかずの合間にスープを飲んでいくと貝が出てきた。この旨みは、貝なのだろうか。実にまろやかで、じんわりとした優しい味。店の人が「タスルギだよ。知らないの? 二日酔いにもいいし、胃腸を整えてくれるから風邪もひかないよ。スープだけじゃなくて煮つけもあるから。殻に入ったまま煮つけるから、食べる時は爪楊枝を使ってね」と、煮つけも出してくれた。
「この青菜は…」と言いかけた時「カボチャの葉、朝鮮冬アオイ、当帰の葉で、夏にサッと湯がいて団子のように丸めて冷凍しているから色がきれいでしょ」「無農薬?」と聞いてみると「農薬かけたら食べられないでしょ」と。当帰は漢方薬として日本でも馴染み深い。この地域の人たちは、身体にいい食べ物をごく自然に身につけている。「無農薬」「健康にいい」という言葉もいらない。手間ひまの大事さを噛みしめながら、ゆったりとした時間の中で山清の豊かな朝ご飯をいただいた。
新見寿美江:編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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