韓国スローフード探訪2 薬食同源は風土とともに

500年の歴史、マッコリの里「金井山城」
日付: 2018年10月24日 11時08分

新見工房代表 新見 寿美江

 韓国を代表する酒のひとつにマッコリがある。昔は、どこの家庭でも女性たちの手で造られた家醸酒だ。農家では日々の農作業の休憩時に、ご飯茶わんほどの器(マクサバル)で豪快に飲み、ちょっと昼寝をして再び農作業をした。それでマッコリは「農酒」とも呼ばれている。
マッコリは風土とともに育まれ、造る人や各地方によって味も異なり、奥深い魅力がある。ソウル・江南にある『伝統酒ギャラリー』には、それぞれの地方で造られているマッコリが展示され、事前に申し込んでおけば試飲もできる。また、市内には数種類のマッコリをテイスティングできる店も10年ほど前から増えてきた。
金井山城マッコリを試飲しながら説明する博物館館長
 韓国の南の玄関口・釜山広域市。中心から北へ行くと、市民の憩いの場である金井山があり、かつては『金井山城』があった。今でも往時を偲ばせる城郭が残り、途切れていた城郭部分と東西南北にあった四つの門の復元工事が1970年代から続き、一部の門と城郭が完成している。また、金井山には韓国五大寺院のひとつとされる『梵魚寺』や、トンネ温泉がある。
目的のマッコリ醸造所『金井山城土産酒』は、山の中腹にある。夏の暑い日に訪れたのだが行ってみるとカラッとした空気で、周辺の緑と渓谷の流れがすがすがしく、時折吹いてくる涼風が心地いい。醸造所の方が駐車場で待っていてくれた。
「麹を寝かせているところを見てください。麹工房は年間を通じて温度と湿度を一定にする必要があります。今日の工房内は暑くて湿気も多いので、見学できる時間は短いですが…」
麹工房の中に入ると確かに暑い。麹棚が並び、そこにピザのような形をした麹が並んでいた。「金井山城麹は昔から、小麦と金井山の地下水を使っています。麹の種類も黒麹、白麹、黄麹の3種類あって、それらを使っているのが特徴です。麹は工房内の棚で約10日間寝かせます。ここは暑いので、続きは外でお話ししましょう」
外に出るとさすがに涼しく感じた。お話しが続く。「その昔、釜山とその周辺には数多くの寺院があり、麹作りは僧侶たちの副業でした。やがて、僧侶が金井山城の守護に当たるようになり、山城地域の村人とも交流し始めました。僧侶たちは村人に麹作りを教え、女性たちの手によって今日まで伝承されてきました。ここのマッコリは500年ほどの歴史を持っているものなのです。
マッコリは醸造して10~14日ぐらいが飲み頃となりますが常に発酵は続いています。そこに美味しさと栄養があるというわけですね。ぜひ試飲してください」
ということで、麹工房から発酵室、作業道具を展示している博物館を見学し、斜面の一角にある涼み台へ案内された。「ちょうど12日目で、飲み頃です」と、マッコリを持って博物館の館長さんがやってきた。
「マッコリは、アミノ酸を多く含むので、整腸作用や美肌効果があるといわれ女性にも人気があります。加熱しない生が本来の味です。造る時期によっても味は変化しますね」
金井山城マッコリは酸味が強いと思い込んでいたが、飲み頃を選んで下さったことと、醸造元ということもあって、微発酵の清涼感と酸味と甘みのバランスがちょうどいいエレガントな味わいである。そう伝えると「マッコリは造った場所から移動させると味がどんどん変わってしまうので、できるだけ醸造所の近くで飲んで欲しいですね」と言いながら、ボトルはあっという間になくなった。マッコリの里には長い歴史が育んだ穏やかな味が息づいていた。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。


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