高麗青磁への情熱―145―

日付: 2018年07月11日 00時00分

青磁の自営(四)

柳根瀅
高徹・訳/馬瑞枝・画


期日までに間に合わせようと、二月一八日に窯入れし、火をつけた。そして二一日に作品を取り出して眺めると、葡萄文酒煎子と二重透彫壺の二個が驚くほどよく出来ていた。急いで梱包し鉄道便で送りつけた。
返信には、作品受領証と、立派な作品を送ってくれて感謝するという手紙、そして三月一二日の開会式に参加してほしいとの招待状が同封されていた。この上なく嬉しかった。今回の作品が特選にでもなってくれれば、とひそかに胸を躍らせながら、開会式の日を指折り数えて待った。あと二週間後なのだが、長く感じられてならなかった。
三月一〇日、汽車に乗ろうと京城駅に向かった。待合室はたくさんの人々で賑わっている。なぜこんなに人が多いのかと思ってよくよく見ると、彼らはみな博覧会への出品を終え、開会式に参席する人たちだった。
翌朝、釜山に着き連絡船に乗りかえたが、汽車同様に立錐の余地もないほどに混みあっていた。二等船室とはいうが、座る場所もないのだった。昨夜から一睡もしないで立ったまま釜山にたどり着いたのに、またここでも立ちっぱなしかと思うと、まったくうんざりした。
どうしようかとキョロキョロしていると、ボーイが近寄ってきた。
「毛布を一枚差しあげましょうか?」
「一枚いくら?」
「二〇銭でございます」
「じゃあ、一枚もらおう」
ボーイのあとについてゆくと、そこには男女四人が座っていた。初めは二組の夫婦かと思ったが、そうではなかった。ボーイが彼らの間に空間を作り毛布を敷くと、座れと言う。
私の旅装はというと手カバンひとつだけだったが、それを枕にしてその場所に身を横たえた。そばに鉄柱が一本立っていて、風や波が来てもそれに掴まっていればよい。午前十時ごろ、鉦の音が騒がしく打ち鳴らされたかと思うと、ぶぶうっと汽笛が鳴って船は動き出した。
どれくらい経っただろうか、船の片側では波が空高く舞い上がり、千尋の谷底に突き落とされんばかりだった。かと思うと今度は、船体が空高く浮き上がったりした。こんなとき船内の人たちはあちこちへと転がるのが常だ。私のまわりの女たちは船の動きにつれて揺れながら、私の手を掴んだり、足首に食らいついたりした。最初の間はすみませんと謝っていたが、それも何時間も続くと、そんな余裕もなくなる。体はすでにぐったりとし、船の揺れるがままに意識もなしにただ転げているばかりだった。私は柱にしがみついたまま、彼女らのするがままに任せた。


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