日本人の私にとっての朴正煕⑤ 評論家 三浦小太郎氏

日付: 2018年06月20日 00時00分

 私が少年だった1960年頃、新聞には「朴正熙独裁」「朴正熙ファッショ」などの見出しが躍っていた。また、韓国は暗黒の国であるかのようにヘイトの対象だった。某雑誌の「韓国から通信」というコラム欄には、いい加減な情報が掲載され、韓国の政治について間違った情報を流布させていた。そういう時代だった。
朴正熙大統領夫人が文世光に暗殺されたときは、自作自演との説もあった。新聞では幾らか柔軟な表現が見られたものの、独裁政権によってもたらされたと指摘していた。当時の日本のマスメディアにとって朴正熙はそのような人物で、そのような存在だった。私は少年だったが、そうした情報を本屋などで目にした。
朴正熙に対する印象が一転したのは、福田恒存という人物の文章を読んだ時からだ。福田氏は朴正熙と同世代で、「孤独の人・朴正熙」というタイトルの文章を執筆していた。「朴正熙大統領は、韓国のことをきちんと考えながら行動している。朝鮮戦争の恐ろしさを実際に知る人はどんどん死んでいく。そうなれば、反対運動の歯止めが利かなくなり、北に一直線ということになる」などと指摘していた。
その頃の私は20代後半から30代前半だった。福田氏の主張は私にとって衝撃的だった。福田恒存は、自身の劇団がソウル公演を行った時に朴正熙に会った。公演直後、ソウルでの反応は生々しく、後片づけをしながら泣き崩れる人もいたということだ。
朴正熙はなぜ暗殺されたか。カーター大統領の人権外交というのは、北朝鮮の人権でも韓国の人権でもなく、韓国の米軍を撤退させることだった。朴正熙大統領は、どうにか国を守ろうとした。必死に努力し、韓国は自立することができた。暗殺されたのは、軍事的な自立を目指した矢先のことだった。私は後に、反共のリーダーは朴正熙だけだったことを理解した。
今の韓国は、韓国保守の勢力と反韓国勢力の戦いだというが、日本も同じだ。怪しげな情報とメディアの情報で政治を語ろうとする日本がまさにそうだ。
中産階級が育たない民主主義はない。両班体制を倒し、徴兵制で富国強兵をはかり、中産階級を育て上げた。韓国国体は、ベトナム戦争で共産主義に滅ぼされようとしている国に派兵し、共産主義と戦った。韓国近代化のリーダーだったと思う。
「言葉を混乱させることから革命が始まる」というスローガンはレーニン時代に生み出された。民主化という言葉は非常に危険をはらんでいる。韓国では民主化という言葉が耳障りの良いものとして語られている。民主主義というのは、共産主義を絶対的に拒否しなければ成り立たない。
民主化を共産化の隠れ蓑に使うことは、現在の共産主義者たちの常套手段だ。韓国を倒そう、日本を倒そうという人々は皆、民主化と人権、公平と貧富の格差の是正を叫ぶ。もちろん全て正しい。しかし、その言葉に秘められたものは共産化なのだ。
自由という言葉も同様で、共産主義を否定しない限り不可能だ。朴正熙から継承すべき精神は「共産主義の言葉は自由民主主義の価値観の中に浸出している」という点だ。暴力革命以上の恐ろしさを持つ言葉の革命であり、言葉の叛乱なのだ。(つづく)


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