朝総連衰亡史(74)朝総連全体大会は何ものか、議長はなぜ終身職か

日付: 2018年03月21日 00時00分

 朝総連全体大会が4年ぶりに開催される。金正恩が朝総連第24回全体大会を祝うメッセージを送ってきたためか、朝総連は、大会開催を大々的に、それこそ狂的に宣伝している。朝総連が朝鮮労働党と直結された在日党であるためだ。
朝総連は、「第24回全体大会は、偉大な大元帥様らが開拓され領導して来られた主体的な在日朝鮮人運動の発展行路において特に重要な歴史的地位を占める。総連第24回全体大会は、敬愛する金正恩元帥を朝鮮労働党委員長、朝鮮民主主義人民共和国の国務委員長として高く仰ぐようになって初めての全体大会である」と強調している。要するに、金正恩に忠誠を表現するための大会だ。
今回の全体大会の代議員は2000人だそうだ。記録によれば、1961年5月23日の第6回全体大会の代議員は729人だった。在日同胞北送事業を猛烈に展開し、おそらく朝総連の組織勢力や活動力が最も旺盛だったときの全体大会代議員が今の36%程度だ。当時は、分会が2360個で、分会委員だけでも8330人と記録されている。ちなみに1955年5月、朝総連結成大会の代議員は468人だった。
では今、朝総連の勢力を計る基準になり得る朝鮮籍者は何人だろうか。朝総連は、おそらく最盛期と言える1967年の第8回全体大会の後、初めて割り当てられた第4期最高人民会議の代議員が7人だ。ところが、2015年の第13期最高人民会議で朝総連に割り当てられた代議員は5人だ。
朝総連中央が第24回全体大会開催公告に書いたように、「偉大な大元帥様らが開拓し領導してこられた主体的在日朝鮮人運動の発展」結果が、日本法務省の統計で推計してみると、24回全体大会が開催される5月26日には、「朝鮮籍者」が3万人は超えないはずだ。
この数字は1990年代以降、金氏王朝の暴政から脱出し韓国に定着した「脱北者の数字」よりも少ない。首領が3代にわたって領導した在日朝鮮人運動の結果が、最盛期の95%程度が脱北した計算になる。朝総連を離脱する動きは、1960年代以来一貫している。6・25戦争の前から、北韓住民は自由のある南に脱出してきた。人間の自由への希求を足で表現し選択したのだ。
朝総連の組織離れは在日同胞の日本への帰化統計でも分かる。日本で在日同胞の数が60万人以下に減るのは、北送事業のため1960年に60万万人を切ってから69年にようやく60万人台を回復するが、2005年に再び60万人を下回り、この趨勢が続いている。興味深いのは、1995年頃から日本へ帰化者が年間1万人前後に増えたことだ。
特に2003年と04年は年間1万1000人以上が帰化した。これは02年の9月、金正日が小泉首相に日本人拉致を認めた事件と関連している。在日同胞の人口統計は、「首領たち」の失敗を物語る。
ところが、朝総連の謎の一つが、金日成・金正日・金正恩はなぜ朝総連議長を終身職にしたのかだ。「首領独裁体制」で終身職は首領だけだ。首領の指示で在日党=朝総連を統制する党対南秘書も、統一戦線部長も終身職でない。日本で対南工作網を管理する労働党文化交流局(旧社会文化部から225局へと名称が変わってきた)の幹部も終身職でない。なぜ、朝総連議にだけが終身職か。
朝総連やその別動隊の韓統連は「韓国の長期政権」は独裁だと糾弾、攻撃してきた。それで、彼らは「民主化」のため、中国共産党すら党と国家を害した「動乱」と規定した「文化大革命」式の民衆闘争と蜂起、つまり「5・18光州暴動」を理想とする「ロウソク革命」を韓国社会に扇動してきた。
この革命活動のため、朝総連はすべてのことを対外的に秘密にする。大衆団体を標榜しながら規約も秘密だ。基本組織はもちろん、傘下機関や団体、事業体もすべて閉鎖的に運用、秘密のベールに包まれている。各級学校も同じだ。フェイスブックで公開するのは、クラブ活動程度だ。
今、朝総連の各級単位では一斉に中央委員会など第24回全体大会のための準備が行われている。代議員などが定められる。すべての過程は対外的に秘密だ。
封建社会に戻った金氏王朝では、「首領」はどうせ神だから世襲独裁、終身独裁を「認定」しても、朝総連議長はなぜ終身制なのか。議長は分封王なのか。在日同胞を封建社会の抑圧の中に閉じこめておいて、無条件の忠誠と死ぬまで搾取する任務を与えられて、これを実行する代価が終身議長なのか。(つづく)


閉じる