韓昌祐経営論 マルハンの企業倫理(5)

「信用」と「正道」の初心を失わないこと
日付: 2018年01月01日 00時00分

ソウル・李民晧

 韓昌祐は今も、60億円の借金を抱えた40代当時の自分の姿を思い出すと、万感が胸に迫ってくるという。その当時、知人の誘いに乗っていたら今日の韓昌祐という人物はどんな姿だろうかと、考えただけでもぞっとするという。
「背負いきれない重荷を抱えたまま、山に登ることなどどう見ても無理だろう。会社をつぶして身を軽くしなさい。それから新しい出発をしたらどうかね。方法は、私が教えてあげるから」
自殺まで考えるほどの窮地に追い込まれた状況で、その提案はあまりにも甘いささやきに聞こえた。
しかし韓昌祐は、断固として拒否した。小説の話だが、ヘミングウェイの「老人と海」に出てくる場面を何度も思い出しながら、立ち直るための希望を探し続けた。
 小説の中で老いて力をなくした漁師は、自分の船よりも大きなカジキマグロと数日にわたって死闘を繰り広げた。一人で切り抜けるのは到底不可能に思える場面で老人の前に、手を貸そうと別の漁師が近づいてきた。そこで老人は叫んだ。
「あっちへ行け。これは神が私に下した試練だ。他人の助けを借りて試練を乗り越えても、それは神への冒とくだ」
チャレンジ精神と不屈の根性。わらにもすがりたかった韓昌祐にとって、老人の言葉は、暗闇の中で見つけた一筋の光だった。
「老人でさえもそう堂々としているんだ。まだ若い私にできないことなんてないじゃないか」
もし計画的に不渡りを出し、借金を帳消しにしていれば韓昌祐の未来はどうなっていただろう。「想像すらしたくない」という同氏は、正道を選んだ。
「紆余曲折しながらですが、会社を年間2兆円の売り上げを誇る大企業に成長させました。その過程で、経済的に不道徳を犯したことはありません。”経済前科”はひとつもないこと。それが私にとって幸いであり、プライドです」
信頼と信用こそビジネスの基本であるという信念は、確固たるものだ。60年の経営者人生で、この信念だけは揺らいだことがないという。信用一筋で、60億円の借金を抱えた経営者は、360億円を納税する企業を作った。人からお金を借りようと東奔西走していた在日韓国人は今、カンボジアやラオス、ミャンマーなどで銀行まで経営している。東南アジア市場をリードするグローバル金融家の隊列に加わった今日の韓昌祐を作ったのは、まさに「信用」と「正道」という初心を失わないことだった。
「私も銀行を経営していますが、銀行は表面上は信用がモットーと言いながら多くの場合、顧客を信用していないのです。銀行について”晴れの日に傘を貸し、雨の日に傘を奪う”という言い方をしますよね。景気がいいときは、お金を貸すために近づいても、景気が悪くなると貸した傘(お金)を回収していくからです」
韓昌祐は、経営者は銀行を過信してはいけないと忠告する。ここでいう銀行とは、他人と同義だ。経営は他人に頼ってはいけないということだ。
今のマルハンが銀行から資金を借りるときの金利は1・6%以下。保証人も担保も必要ない。資産よりもはるかに少ない規模の借り入れであり、事業上の基準では、適切なレベルの負債である。しかし、今でも同氏は借入金が書かれた帳簿を見るたびに「ゼロ」にしたいと強く思う。銀行からの融資は、他人に依存していることと捕らえているからだ。
「経営者になり、絶対他人に依存しない、自主自立の精神を再確認しました。何をするにも自力でしないと気がすまないという感じです」


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