【地方民団70年】 創成期を知る元老たちの苦言

祖国の発展に献身の歴史
日付: 2017年08月15日 00時00分

 民団は、昨年の中央本部に続き、今年は多数の地方本部が創立70周年を迎えている。民団の長い伝統であり、存立の第一基盤は、大韓民国を支持する同胞の民族団体という事実である。しかし今日の民団が、朝鮮総連に対抗し血で守ってきた組織であり、日本の不当な国籍差別是正のために絶えず努力し、祖国大韓民国の発展に献身してきた事実は、忘れ去られている。10月3日が、民団創団日であることを知っている団員がどれほどいるだろうか。地方民団70年、東西の軸を担ってきた民団東京と民団大阪の元老たちに会った。(ソウル=李民晧)
固有の伝統「民団闘争心」の喪失
「李記者、現在民団が抱えている最大の問題は何だと思うか」―。7月中旬、大阪で会った洪性仁元大阪本部団長(現大阪本部常任顧問、中央本部常任顧問)はすぐさま逆に質問をしてきた。「私が気になるのは…」と話し始めると、「民団の闘争史を知っている人がほとんどいない」と答えが返ってきた。終戦直後から1950年代までの民団員は、護身用拳銃を持ち歩いた。創成期の民団で働くということは、命がけの覚悟が必要だった。宮城県本部団長が朝連(在日本朝鮮人連盟)に殺害された塩釜事件、山口県の下関支部に朝連が乱入し、団員を襲撃して家屋を壊した事件など、大小無数の闘争があった。
民団大阪結成70周年記念式典
 同胞の10人中9人が朝連系だった当時、数的にも組織の勢力としても大きく劣っていた民団は、まさに命がけで戦った。洪元団長はそのような犠牲の上に立ち、日本の地で祖国大韓民国を守るために続いてきたのが今日の民団であると強調した。だから、現在の民団を見ていると怒りが湧いてきて、このままでは先輩たちに顔向けできないとため息をついた。
「本部で動く様子がよく見えない。考えは歩きながらしなさい。これが本来の民団の行動信条だ。各支部を訪問し、同胞家庭の戸別訪問をしてみると、様々な苦情に接する。本部執行部がしなければならない仕事は何なのかが分かるようになる。(83歳の)私も先頭に立って奉仕したい。力の限り後輩たちに私が現場で磨き上げた経験を喜んで提供したい」

民団は「大韓民国の守護者」

 日本を訪問する韓国の政治家、有識者の中には、韓青や韓統連人士に先に会って、朝鮮学校に立ち寄り、民団は最後のコースとして訪れる姿が目立つ。在日韓国人の代表団体という、自負心と伝統ある民団としては納得しがたいことだ。これについて洪元団長は、民団が論理的に彼らを納得させる努力が必要であると声を強めた。本国から、あれやこれやの問題指摘や、言いがかりのような発言が出てきても、民団は自分たちが何をする組織であるかを整然と説明せよ、ということだ。
「最初に、民団は政権がどのように変わっても大韓民国国民の側に立った団体である。二つ目に、政府の補助金をもって無駄使いをするという非難もあるが、3・1節、8・15行事をはじめ、事業部分の執行において無駄遣いは一切ない。補助金も一種の寄付であり、それをもって事あるごとに云々すれば、仕事をするなということになると反論すべきだ。三つ目に、民団は独立愛国志士が設立した民族団体であり、民主主義を守護する在日同胞の求心団体である」
呉龍浩大阪本部顧問は、民団が民族組織として存立する理由を反復学習して、これを想起する必要があると指摘した。自主的な任意団体、大衆的な自治体、非営利公益団体、これらの要素が調和することが、民団活動のエネルギーになるという。同氏は、民団は何よりも大韓民国の国是を遵守するという綱領を重視しなければならない、と述べた。
また、呉顧問は、地方民団だからといって中央の指針にのみ頼るのではなく、地方の実情に合った仕事と役割を見つけるべきだと指摘した。「大阪から中央団長が輩出されないというが、大阪団長が中央の副団長になる伝統が昔はあった。中央と地方を区別するのではなく、民団の方針と運営、役割を果たすために腹蔵なく議論をする場が必要である。地方も、地方の役割を探す努力をすべきだ」


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