女は中に戻ると、やがてまた現れ、学者を部屋に案内した。
部屋に入って服と笠を脱ぎ、落ち着いて考えてみると、さっきまで山中をさ迷っていたのが、まるで夢の中の出来事のようだった。ぼんやりと思いに沈んでいるとき、部屋の戸が開いた。
「手をお洗いください」
と、水の入った盥を置いていった。それでなくとも手を洗いたいと思っていたので、感謝しながら手を洗い、顔を拭いていると、再び部屋の戸が開いた。
「きっと空腹でいらっしゃることと思い、お膳を用意しました。どうぞ召しあがれ」
「いやー、夜食まで用意してくださり、ほんとうに申し訳ない」
空腹だったから、あっという間にたいらげると、さらにおこげ湯が運ばれた。
学者は床に就いてからも、なかなか寝つかれなかったので、そらんじている詩を詠じてみたりした。そのとき戸がすうっと開いたかと思うと、真っ白な服装で、花のように美しい女が彼の前に立ち、深々とお辞儀をするではないか。学者は驚き、大声で言った。
「一体、おまえは人間なのか、妖女なのか?」
「人間でございます」
「何? 人間だと? 人間なら男女の区別をわかろうもの……。昼でもなく、こんな夜中にまた、男の寝屋に入ってくるとは、これほど不躾なことがどこにあろう!」
学者は大声で言った。
「あたしはこの家の主でございます。一九歳のときに、小間使いを連れてこの家に嫁して来ました。不幸なことに、初夜に新郎が死に、こうして四年もの間、小間使いと一緒に寡婦として暮らしてきました。ここは人里離れた山中のゆえ、人影すら見られなかったのですが、天の佑けでしょうか、今晩思いがけなくあなたがわが家に訪れてくださり、ほんとうにありがたくて、何と申しあげてよいのやらわかりません。一人身のこのあたしの体を抱いてくださればと、このようになりふり構わずやってまいりました。どうぞお怒りにならないでくださいませ……」
女は首を垂れて座り、学者の様子ばかり窺った。しかし、木石漢のようなこの学者は、
「男女の区別もわきまえず、ましてや男の寝屋へ女の身でやってくるとは……」
女は淡々とした表情で、何も言わずに出ていった。しかし学者の方も、なかなか落ち着かない。
そんなことがあって暫くすると向こうの方から女の呻き声が聞こえてきた。学者は、どこの女がなぜ泣くのかと思いながらただ聞き耳を立てていたが、そのうち深い眠りに就いてしまった。
朝になった。昨夜のように顔を洗って、女の運ぶ膳を受けて食事を済ませた頃、
「昨夜、女の泣き声が聞こえたが、誰がどうした訳で泣いていたのだ?」