高麗青磁への情熱-84-

まさ子の発病(二)
日付: 2017年02月22日 22時36分

 「まさ子がね、このところずっと床に就いていたんだが、最近になってひどく衰弱してね。おもゆも食べないで柳君の名前ばかり呼んでいるんだ。どうすればいい? まさ子が死ぬも生きるも、柳君の気持ち一つなんだ」
青天の霹靂のようだった。急にめまいを覚え、胸が締めつけられるようであった。
 まさ子を生かすには、彼女と結婚しなくてはならない。だが、二人が結婚して子供ができれば、敵同士の間に生まれたその子はどうなる……。そう考えると、身震いがした。
しかしだからといって、私が永久に反対し続けると、まさ子はほんとうに死んでしまうかもしれない。人命は天に在るという。まさかが人を殺すこともある。もしまさ子がほんとうに死にでもしたら、それは実に不幸なことだ。
それはまた、私の不幸でもある。私がこの手でまさ子を殺さなかったにしても、まさ子の病気は恋患いではないか。結局、私に責任がある。私が指先一つ動かさずとも、結局は私が殺すのと同じではないか。
そう考えれば考えるほど、目の前が真っ暗になった。私はいまやっと一九歳になったばかりで、まさ子は一八だ。二人ともまだ二〇歳前の青春ではないか。花にたとえれば、今まさに咲こうとする蕾だ。ああ、どうすればよいというのだ。
私は皆を見渡した。部屋の空気は冷たく沈うつで、三人の視線は私に注がれていた。
私はふと、昔聞いた話のひとコマを思い出した。
田舎の学者が一人、科挙試験を受けにソウルに上ってゆく途中のこと。陽はすでに西山に隠れ、夜の帳が降りて、山中で道に迷った。どこをどう行ってもあたりは山ばかりだった。
学者は慌てて思慮分別なくでたらめに歩くうちに、溝にはまったり棘に刺されたりした。学者の顔は血で染まり、服もぼろぼろになっていた。
学者は地べたに座って心を落ち着け、トラに襲われようとも気を確かに持たねばならぬと思い、方角を見きわめようとした。北斗七星が一方に傾いているのを見て、すでに夜が更けたことがわかった。
やがて、遠くに明かりがちらちらと洩れているのが彼の目に映った。この人里離れた山中に明かりが見えるとは、間違いなく人家があると思い、その明かりを目差して向かった。
事実、目の前には大きな瓦屋根の家が建っているではないか。彼は近寄ってその家の門を叩いた。暫くすると、中から若い女が現れた。
「どこからいらっしゃったのですか? 誰かをお捜しでも?」
「私は科挙試験を受けにソウルに行こうとやってきたのですが、夜中になってしまったので、一晩泊めていただこうと思い……」
「それでは、少しお待ち下さい」


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