高麗青磁への情熱-79-

求婚(一三)
日付: 2017年01月12日 16時46分

 翌日、仕事中にふとある考えが浮かんだ。東洋拓殖会社が建つ以前、その空き地にロシア人のサーカス団がやってきて、いろんな芸を披露したことがあるが、そのとき一人の青年が鉄棒にぶら下がり曲芸を見せたことを思い出したのだ。
 〈そうだ、今夜は黄金遊園に行って、その青年のやったとおり、一度試してみよう〉
そう決めて昼間中、心で思い描いていたが、夕方食事もそこそこ外へ出た。すぐに目的地に向かおうとしたが、タバコが切れているのに気づいた。電車に乗り、黄金町の入口で降りた。小広橋にある中国人の「安合号」でベンイトを一〇個三〇銭、飯つぶ菓子を一匁一〇銭でそれぞれ買った。その足で黄金町六丁目行の電車に乗った。
いつもの彼女の姿が見えない。門の中に入って見回すと、彼女は白壁に凭れてうつらうつらしていた。私が傍まで行っても気づかず、鼾までかいている。彼女が口を開けて息を吸うとき、飯つぶ菓子を少しちぎって放り込んだ。「アッ。ペッペッ」と吐き出し、暫くムニャムニャと言ったかと思うと、今度は傍らの私を眠そうな目で見上げた。
「いらしたのね。足の方はどうです?」
彼女は私の足をしげしげと眺めた。
「うん、大丈夫だよ」
「今日はいらっしゃらないから、足の怪我で来られないと思ってたの。ちょっと見せて」
彼女は私の足を揉みながら、
「でも、どうして遅かったの?」
「うん、タバコとこれを買いに行ったんで」
彼女は私の手から菓子袋を受け取って頬ばった。丸々とした頬が、この上なく可愛らしい。私は彼女の頬を〓んで揺すった。どんな女でも、頬が丸々とし、ふっくらしていると、それを手で触れ揺すってみたがるのが、私の変な癖だった。
「ああ、痛い」
「痛い? ごめんごめん」
私が彼女とともに菓子を食べながら親しげに、仲睦まじく話し合っている間、四〇歳ほどの日本の男が遊動木の鎖を抱え込んで、無理やりに動かそうと必死に力を振りしぼっていた。
「梅子さん、あれをちょっと見てごらん、あれを」
「何を? あら、乗れないくせに何してるんでしょうね」
「それがまさに傑作だっていうのさ。行って、ちょっと助けてやるか」
「おやめなさい」
「何も言わずに、じっと見ていろよ」
私が遊動木の東側の端に乗って二、三度漕ぐと、それは西側に突然飛び上がった。その瞬間、男は地に振り落とされ、私は東側にさっと飛び降り、ブランコに乗り移った。すると遊動木が振り戻って、つい今しがた落ちた男の尻めがけてぶつかった。男は死にそうな叫びをあげ、尻を抱え込んで振り向いた。


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