高麗青磁への情熱-68-

日付: 2016年10月05日 00時00分

求婚(二)

 「今、月給はどれくらいなの?」
「いくらもありません。一二円です」
「一二円?」
「はい」
「一二円ですと、何百両になるでしょうか?」
「六百両ほどになります」
「六百両。そのほかには何か副収入はないの?」
「少しあります」
「よくわかったわ」
 婦人は三日続けて来て、細ごまと質問したことを、改めて何度も訊きなおし、一方でまさ子の挙動ばかり気にしていたようだ。
後でわかったが、その婦人は漢方の名医として知られている成ジュブの夫人だった。息子のいないこの夫婦は一人娘を手塩にかけて育て、結婚相手を探していたが、一か月ほど前に私が卒倒したときに私のことを知り、主人と相談したようだった。夫人が工場に三日も来て私の品定めをして暫くすると、婚姻の申し込みがあったそうだ。
それでこちらからも相手の家門を調べた後、主人の姉がその娘の品定めにでかけた。だが、帰ってくるなり、この話を破談にした。
その理由は、彼女が漢方医の家を尋ねたとき、名医は往診で不在だった。そのとき客の若い男女が名医を待っていたが、件の娘は部屋の敷居にある腰かけに寝転びながら二人と話していたという。礼儀知らずで身持ちが悪そうに見えたそうだ。
それから、数日後、仕事を終えて帰宅の仕度をしていると、工場の主人が私に近づいてきた。
「柳君、今日はすぐに帰らないで、私のところへちょっと留守番に来てくれないか。夕食も家ですることにして……」
「どこかへ行かれるんですか」
「うん、今夜天勝というサーカス団がやってくるんで、見物にでも行こうと思ってね」
主人は私の返事もそこそこに、家に誘い、早く入れと言う。すでに夕食の用意は出来ていた。食後、どうしたことか主人は、家族の者と私の弟を連れて出た。そして、私は次の機会に連れてゆくから今晩は留守を頼む、と言うのだった。
私は門の外へ出て、一行を見送ってから裏庭で自作の詩を吟じた。
南山のあの松竹、白雪積もれどもその節強く、心変わりなし。青天の明月、黒雲さえぎれど、気概強く、心変わりなし、変わりなし
吟じ終わって玄関へ出ると、どこからか人の気配がした。皆出払っているのに、変だなと思って、
「誰だ?」
と声を掛けると、玄関の戸をさっと開けた。
「誰かって、あたしよ」
まさ子だった。


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