高麗青磁への情熱-67-

日付: 2016年09月28日 22時47分

求婚(一)

 午後三時頃、太り気味の上品な中年の婦人が私を訪ねてきた。
「あなたが柳さんですか?」
「はい、そうですが」
「これまで何度も訪ねたんですけど、そのたびに病気で出て来れないとのことでしたが、もう治りまして?」
「ええ、おかげさまで完全に治りました」
「お聞きしたところ、あまりに精を出されて病気なさったとか」
「ええ、少々根をつめたもんで……。体も弱い方でして。ところで、あなたはどちらさん?」
「あたしですか? それは後でわかるわ。それはそうと、今年でお歳はいくつになりまして?」
婦人は私の問いには答えないで、一方的に念を押すように訊くのだった。
「一九歳ですが……」
「一九?」
婦人は独り言のように呟いた。
「午年ね」
婦人は私を上から下まで嘗めるように矯めつ眇がめつ見た。私を訪ねてきた方だから暫く手を休め返事しようとするのだが、離れたところで深刻な顔をして見ていたまさ子は、このときまた、私のそばに近寄ってきた。彼女は私の上着からベンイトを取り出し、それに火を点けると私にくれた。
「喫いなさい」
私がタバコを二、三服喫ったとき、まさ子をじっと見つめていた婦人が尋ねた。
「その女、誰?」
「この女ですか。この女は工場の主人の従妹です」
部屋の隅っこにいた石田が突然口を挟んだ。
「ご婦人、この女は柳さんに惚れてるんですよ」
まさ子はこの言葉に様子一つ変えなかった。しかし婦人は、あっ気に取られたのか、疑いの目で石田とまさ子を交わる交わる見た。
「なんてこと! いいかげんなことを言わないで!」
婦人の言葉に石田が思わず肩をすぼめた。婦人はまた私に訊いた。
「あなた、ご両親はいらっしゃるの?」
「父はいませんが、母は健在です」
「お父さんは亡くなられたの?」
「違います。父はぼくが六つのときに家を出たっきり、それ以来一〇年このかた生死もわかりません」
「それはほんとうに不幸なことね。じゃ、あなたとお母さんのお二人だけね?」
「違います。弟が一人いますが、弟は茶碗作りを習いに主人宅で傭われています」
「それじゃ、家にはあなたとお母さんの二人だけってことね?」
「はい、そうです」
婦人は石田とまさ子のことは眼中になかった。
「じゃ、この工場にはいつから勤めているの?」
「満一年と少しです」


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