高麗青磁への情熱-65-

日付: 2016年09月07日 09時55分

日本人女性、まさ子(二五)

 いかだは油気(ヤニのこと)が抜けて、火を点けると火が製品を包み込み、青磁の表面の翡色はきれいに仕上がる。ところが、松ヤニが多く油気のある薪は黒い煙のせいで製品の表面を汚してしまう。そして、樹皮が焼けるとそのまま灰となって積もってしまい、出てくる製品は黒っぽい色を帯びてしまう。それで薪はいかだがいいのだ。
 今度の場合、記念盃の注文を受けてからすぐに漢江へ出かけて、いかだを買ってきた。それを小さく割っておいたものを使って、あぶりを始めた。
巫女のお祓いは、夜もかなり更けてやっと終わった。直ちにご飯を炊いて肉汁を温めてから、従業員みんなで思う存分に食べた。これは夕食兼夜食になった。
巫女のお祓いを提案したのには、二つの理由があった。一つはきれいな体で、心を一つにして真心を尽くすためだ。もう一つは、従業員みんながたとえ一食でも腹一杯食べられれば気分もよくなるという意味からだった。人間、何をするにつけても、気分が乗りさえすれば仕事も順調にいくものだからだ。
食後、プクスリには代金百両と賞金としてさらに五〇両を渡した。私がさらに小さな餅と豚の頭・足や米・果物などをあげると、腰が曲がるほどの重い荷物を背負いながら、彼女は繰り返し感謝の言葉を述べた。
窯の作業はまるまる四〇時間かかった。あぶりだけでも二〇時間かかったし、製品を入れる場所が一〇個所あって、一個所に二時間ずつだから、二〇時間も要したし、都合四〇時間たってすべての作業が終わった。
窯の作業が終わるとその前に集まって酒宴をくりひろげ、愉快に過ごすのが慣わしだった。その日窯の前に集まった者は、主人側から兄弟と古沢、轆轤室から川崎、鹿下、万代の三人、そして彫刻室から宗高、石田と私の三人と呉さん、黄君、さらに来賓として百花園の主人である今村、あわせて一二人であった。
酒を何度か酌み交わしたあと、顔を上気させた主人が座中を眺めながら突然口を開いた。
「ただ酒ばかり飲んでいても面白くない。歌を一曲ずつ唄ってはどうかね」
すると、いっせいに拍手が起こった。
「それでは、誰の場合も先ずは朝鮮の歌、その次に日本の歌といこう」
このときも全員声をあげて、拍手をしながら賛成を唱えた。
「じゃあ、先に誰でもいいから唄いなさい」
暫く静まっていた座中から、いきなり誰かの甲高い声が聞こえた。
「大将が先に唄うってのはどうでしょう」
すると、またも大きな拍手が起こった。
「私が先にか? いいとも、いいとも」
主人はひどく興に乗ったらしく、気持ちよさそうに先鞭をつけた。


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