高麗青磁への情熱-64-

日付: 2016年08月31日 15時44分

日本人女性、まさ子(二四)

 「あらまあ、花みたいにきれいで可愛らしいお嬢さんを前にして、あたしのことをからかうつもり?お門違いよ」
まさ子の目の色がさらに変化した。
「さあ、冗談はこれくらいにして、いったい用件は何なの?」
「せっかくお金をたくさんつぎこんで誠意を尽くそうというのでしたら、あたしのほうにも少し心尽くしをしてくだされば……」
「だから、つまり、お祓いの代金をもっと弾んでくれということかな」
「……」
 「どうして黙っている? どのみち口に出したんだから、いくらほしいとはっきり言うべきじゃないか」
「そんな口の利き方、ひどいわよ。いくらでもいいから考えてくださいな」
「それでもプクスリさんがいくらって言わなきゃ。ぼくがどうして他人様の心のうちが分かるんだね」
「それでしたら……、百両(朝鮮の一両は日本の一文ほどに該当)だけください」
「そうしよう。金は君の望みどおりあげるから、お祓いのほうをよろしく頼んだよ」
「はい。ご心配なく」
プクスリはすぐ仕度を調えて、お祓いの合図がされるのを待っていた。ついに、「始め」の合図が下ると、プクスリは窯の前をきれいに片付け、餅と果物を並べた。さらに、マッコリを並べ、豚の頭と干し明太二匹を火入れ口(焚き口)の上に乗せてから、口上達者のプクスリはお祓いを始めた。
先ずは、八百万の神をすべて言い並べた。ついで、神を呼ぶのだが、天神・地神、大門・竈などを守っているもろもろの神を呼んでなだめながら幸運を祈り、ついには御宣託を告げ踊りまで舞った。
巫女のお祓いは窯の周りだけでも一時間も続いた。彼女が見事にお祓いの口上を述べるので、皆も満足そうな様子だった。窯の周囲でのお祓いが終わって、今度は工場に向かった。
窯に火を点けることを、朝鮮語では「ピインプル」と言い、日本語では「あぶり」と言う。このあぶりをするのにも一七、八時間から二〇時間はかかる。最初は煙だけ少しずつ立ちのぼっているが、しだいに熱を帯び、窯の中が一気に燃え上がると、製品のある場所に火が回るのだ。
しかし、気が焦って製品の周囲だけに火を回してもだめである。なぜなら窯全体に火を行き渡らせないと温度が上がらず、あぶりが上手くいかない。そうするとその窯入れは失敗するのだ。製品の置かれている回りに熱が徐々に上手く上ってゆけば、順調に窯の作業は終わるからである。
登り窯は火を点けるのに不便な点もあるが、利点も多い。青磁を焼成するとき、燃料の薪からよく選ぶ必要がある。青磁に適した薪は松だが、朝鮮語で「テンモク」、日本語で「いかだ」と言う。


閉じる