高麗青磁への情熱-56-

日付: 2016年06月15日 11時10分

日本人女性、まさ子(一六)

 まさ子が手拭いを取って、まじまじと見つめた。
「あら、血も出てないのに、騙したわね。要らぬ心配しちゃった。よくも……」
と言ってにこりと笑う。
「やっと、気が収まったらしいな。そう笑ったところはかわいい。なぜ、あんなにぼくに心配させた?」
「すみません」
「すまないって? ぼくにすまないなんて問題じゃない。この先嫁入りして、おまえの旦那にそれくらい心配をかけて、すまないって言いな」
「何ですって? それで全部? 言いたいことはそれだけなの?」
まさ子は声の限りに泣いた。心の中ではひそかに愛していながらも「あなたを愛しています」とひと言訴えられない、やるせない気持ちをわかってあげず、ときどき木石漢のような言葉を吐いてはその気持ちを逆なでするのだから、耐えられないようであった。
私は本来性格ががさつで、時おりまさ子の気持ちを逆なでするのが習慣のようになってしまっていた。彼女がかっとなって、がまんの限度を超えて泣き出すと、優しく撫でてあげるのがまたとない慰めとなった。
私も人の子。健康な男子である以上、ちょうど蝶が花を見てそれを避けられないのと同様である。そのうえまさ子のことがほんとうに嫌いでもなかった。だが、私の前には民族感情という障壁が立ちはだかっていた。
「まさ子」
「……」
「ちょっと返事をしてくれ。さっき笑ったのはどこの誰? また怒ったのか? そんなにかっかされては、何も言えないじゃないか。冗談も言えないんだからなあ。それじゃあ、今から唖にでもなるか。さあ、始めるぞ。一、二、三。今からは何も言っちゃあいけないぞ。おまえが先に何か言ったら鉄娘だ。ぼくも黙ってるから、どっちが我慢強いか、さあ、やってみよう」
「そんなむちゃなことが、どこにあって?」
「むちゃとは、何がむちゃだ?」
「あたしのこと鉄娘って言ったでしょ?」
「ああ」
「じゃ、あなたが話したら、何の息子になるの?」
「ぼくはオモニの息子に決まってるよ」
「何ですって? あなたはオモニの息子で私は……」
「おまえ? おまえはお母さんの娘じゃないか」
「あたしはあたしの母さんの娘って言ったのね?」
「そうさ。ぼくが何かいけないことを言った?」
「じゃ、どうしてさっきは鉄娘だなんて言ったの?」
「さっきはさっき、今は今だよ」
「さっき悪口を言っておいても、今言わなかったらそれでよいってこと?」

柳根瀅
高徹 訳
馬瑞枝 画


閉じる