高麗青磁への情熱-55-

日付: 2016年06月08日 13時30分

日本人女性、まさ子(一五)

 「やめて。いやよ」
「おまえはいやでも、ぼくは好きだ」
「あたしが嫌いだって言うのに、あなたが好きって何?」
「そう言わないで、機嫌を直してくれ。おまえがほんとうにそうしていると、怒るぞ」
 「怒ったって、誰がおじけるものですか」
また沈黙である。彼女は天性が温順で理解力もあり、ささいなことでは決して怒ったりはしない。時に私が叱ったりしても、一時かっとなってもすぐに鎮まって、またにっこりと笑う性格であった。だが、この日はなかなかそうはならなかった。
「ほんとうに怒ったの? ほんとうにそうだとは知らなかった。ぼくが冗談でひと言いったのが、どうしたっていうんだ。さあ、早く落ち着いて。言ったことは取り消すから、さあ。おまえを愛してくれる朝鮮の男がいれば、一日も早く結婚しな。ぼくは、おまえたち二人の幸福のために祈るよ」
彼女は深刻な表情で、私の言葉を聞いているだけだった。
「おまえにそんな怖い顔で見られると、ますますすまない気持ちだよ。さあ、それじゃ、ぼくの愛の贈り物を一つ贈ることにするか」
私は彼女の両頬をいきなり両手で挟み付け私の唇に当てた。これはもちろん衝動的なことで、彼女を慰めるための行動であった。
彼女は怒り心頭に発したのか、エイっとばかり私の下唇を噛み付けた。
「アッ」
私の唇に、彼女の歯の力がはっきりと感じられた。「よくも……」口ごもりながら唇に当てていた手を手拭いで拭いて唇を押さえ、じっと目を閉じた。
まさ子がすまなそうな表情で覗き込んだ。
「痛い?」
「……」
「どうして黙ってるの? どれ、ちょっと見せて」
「なぜ見るんだ」
「心配だからよ。ほんとうに血が出てるの?」
「血が出たって、ぼくの血だ。おまえには関係なかろう」
「ちょっと見せて下さい」
まさ子は手拭いをひっつかんだ。
「放っといてくれというのに」
と彼女の手を払いのけた。
「ほんとうに意地っ張りもふつうじゃないのね」
「そうさ。ぼくの意地っ張りを、今になってわかったのか?」
「とっくにわかってたけど……」
「わかっていればいいじゃないか。何をそんなにがたがた言うんだ」
「そう言わないで、ちょっと見せてちょうだい。どうして、そんなに人を苛立たせるの?」

柳根瀅
高徹 訳
馬瑞枝 画


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