日本人女性、まさ子(一四)
母の言葉は正しかった。母の言うとおり、まさ子が去ってしまっていなくなったら、私自身どれほど惨めで寂しいことかと思うと、突然彼女の姿が浮かんできた。
明けの明星のように輝く瞳。二重瞼で、えくぼまで両頬につくりながらにっこり笑うその顔。まるで夫に対するように「ねえ、あなた」と愛嬌の溢れるその声といい、仕草といい、とうてい気持ちを抑えきれない瞬間だった。すぐにでも走ってゆき、力いっぱい抱きしめても足りないほどだった。
しかし、こんなときであるほど、私は心を抑えた。
〈いけない、いけない。まさ子がいくらおとなしく美しくても、われわれの敵の女ではないか〉
私は決然と、まさ子をあきらめようと固く決意した。
これは私にとってとても大きな悩みだった。私の心情を知ってくれる者は誰一人もいなかった。父母兄弟もそうだし、友人たちにしても、わかってはくれなかった。ただ私のような体験をした者だけしかわからない、と思った。
まさ子は、自分の母親と従兄の願いもあり、また自らも私のことが嫌いでなかったために、毎日私に惹かれつつ片思いをしていたようである。
最近になって、私が頬をつかんで揺すったり、頬を擦りあわせたりするので、自分としては、私が愛していながら積極さがないのだとばかり考えているようだった。毎日一歩ずつ私に接近してきたが、私の方で受け止めようとしないため、腹立たしくうらめしくもあったようだ。腹が立ってすぐにも駆けつけて、顔を両手で覆い、ぺたりと座り込み、わんわん泣き出しそうにも思えた。
自分を愛してくれるが、その愛を受け入れることを知らない私は、彼女にとってはまるであの木石漢のようなものだったのだ。彼女は、あれでも男かしらとうらめしげな視線で私を眺めた。そんなときいつも私は一方で、すまない気持ちで一杯になった。
だが、私が正直に言ってしまえばおしまいになる。私は朝鮮人で、まさ子は日本人の娘ではないか。お前たち日本人がわが三千里(朝鮮半島の別称)の国土を血一滴漏らさずに呑み込んで、わが二千万同胞を奴隷にしたではないか。おまえたちの国はわれわれの敵であるから、私がどうしておまえを愛せようか。こう言えば問題は簡単だ。
が、それはできない相談だった。どうして彼女にそんなことを言って、失望と恨みを与えられよう。無理に怨みを植え付けないで、適当な言葉で諭して遠ざけることもできるではないかと、思った。
「まさ子」
彼女は黙っている。
「まさ子、なぜ黙ってる? ぼくの言い方にまた腹を立ててるようだな。それなら、すまない。さあ、怒った顔をちょっと見せてくれよ」
私は彼女ににじり寄って両頬をしっかりつかむと、揺すった。
柳根瀅
高徹 訳
馬瑞枝 画