病に伏した王であるライオンが、諸侯に大使と従者を見舞いに遣わすよう命じる。王は鋭い牙や爪を持ち、動物たちに恐れられていたが、彼らは「歓待する」という年老いた王の手紙を信じ、彼の住む洞窟へ向かうのだが、狐だけがそれを固辞する▼なぜかと問われた狐が答える。「洞窟へ向かう足跡はあるのに、出てくる足跡はない」と。17世紀のフランスの詩人ラ・フォンテーヌ作の寓話「病気の獅子と狐」のあらすじである▼ラ・フォンテーヌの寓話からフランス人の考え方や、それをいかに日常生活に取り入れるかを解説しているのが、「『悪知恵』のすすめ」(清流出版)である。日本を代表する仏文学者、鹿島茂氏が記した。鹿島氏はこの寓話から「おいしい話を簡単に信じるな」という教訓を引き出している▼思い起こせば、かの国はずっとこのやり方を通してきた。「白い飯に肉のスープ」がたらふく食べられるといううたい文句は、今なお生まれる大量の餓死者が、それが嘘であることを物語っている。「地上の楽園」ともほめそやされたが、もはや当人たちすらその言葉を使っていない▼「絶対確実なのは、『死ぬまで待つ』」と、鹿島氏はライオン対策を教えている。だがそれでいいのだろうか。「最も恐るべき敵は、ときに最も矮小な敵である」。鹿島氏はラ・フォンテーヌの「獅子と蚋」から得られる教訓として挙げる。獅子が、いや豚が死ぬまで待っていられない人にとっては、こちらの言葉を信じたい。