日本人女性、まさ子(九)
「ほんとう? あたし、もう、ちょっと食べてみようかしら」
「そうだな、でも少しだとほんとうの味はわからないから、どうせなら匙一杯食べてみれば」
まさ子は私の言葉を真に受けて、匙一杯分を口に入れたが、すぐに「ああ、辛い!」と言うけたたましい声を聞きつけて、母が入って来た。
「まさ子さん、どうかしたの?」
「コチュジャンを食べたんですよ」
「うちのコチュジャンは格別辛いのよ。そんな辛いものを匙一杯も食べさせて、どうしていじめるの?」
まさ子はコチュジャンをごくりと飲み込もうとするが、しきりに咳が出て、また母の手前、吐き出すことも飲み込むこともならず、慌てふためいていた。
「かわいそうに。あまり辛くて目に涙まで。さあ、こっちへ来なさい」
母はまさ子を炊事場に連れていき、うがいをさせると、私を叱りつけた。
「どうしてあんな辛いものを匙で食べさせたの。悪ふざけにもほどがあるわよ……」
「自分で食べるというからですよ」
「あんなに辛いものと知ってたら、誰が食べますか」
母は出て行った。無言で座っているまさ子の表情は、ふくれっ面だった。
「どう、美味しいだろう?」
「知らないわ。どうして人をいじめるの?」
「ごめんよ」
「何よ、人を苦しめておいて、ごめんだけなの?」
「じゃ、どうすればいい? 罰でも受けろと?」
「誰がそんなことを言いまして?」
「こう言っても駄目、ああ言っても駄目。これはほんとうに困ったな」
次の日もまた主人がやって来た。私が休んでいる間一日も欠かさずにやって来た。そして主人は、毎日呉さんとまさ子を伴った。呉さんを連れてくるのは、参鶏湯を煮るのに必要だったからだ。母が水を加えてただ煮ればいいように、呉さんが鶏の脚をきちんと折り内臓を取り出して朝鮮人蔘を詰めた。
主人の心遣いには、ほんとうに頭が下がった。朝鮮人のために一日も欠かさず毎朝来てくれるのは、ふつうの日本人ならば考えもつかないことだった。しかし一方で考えてみれば、主人としては私にそれほどの誠意を示さざるを得なかったのだろう。私の信義と責任感ゆえに記念盃も期限内に納品できるようになったし、今後どんな注文があろうとも、私のこの体さえ丈夫なら問題はないと思ったからだろう。
それもそうだが、従妹のまさ子を看護という口実で毎日私のところへ遣るのも、彼としては計画済みのことであった。後に知ったが、主人は最初から私のことが気に入り、どうすれば私を自分の一族に加えることができるかと考えあぐねていたとのことだった。