脱北者、広がる貧富の差

高級車に乗る元エリート高官
日付: 2015年11月18日 09時00分

 一部ではあるが、脱北者の間に貧富の差が生じていることが確認された。北にいたときのポストが、二極化に直接的な影響を与えている。金正恩体制になってから、一般人の脱北は減ったが、元高官の脱北は増えている。彼らは韓国の一般家庭よりも多くの富を蓄えて豊かな暮らしを送っている。この「特別な」脱北者は、いかに資金を集めて韓国に持ち込み、どのような生活を送っているのか。(ソウル=李民晧)

大半は厳しい生活送る

  韓国指折りの高級住宅街となっている江南。高級外国車を乗り回す脱北者が増えているという。一般的に脱北者は、何も持たずに韓国に来て、慣れない環境で生活しているため、経済的な余裕を持てるケースは珍しい。裕福な脱北者の多くは、北韓の核心的な権力層の裏金を運用していた海外駐在官や、外貨稼ぎ担当の高官だった。
 国家情報院は10月20日、国会情報委員会の国政監査で、具体的なデータを公開した。最近3年間に脱北して韓国に入ってきた北韓の海外駐在官は、46人にのぼると発表。2013年に8人、14年には18人だったが、今年は10月末の時点で20人に増えている。情報委員会で報告を受けた国会議員は、国内の入国者の中には故・黄長燁党書記には及ばないものの、かなりのエリート級脱北者も含まれていると伝えた。
 一方、韓国に入国する脱北者の数は減少傾向にある。09年には2914人に達した脱北者の数は、昨年1397人と大幅に減少した。今年はそれよりさらに減り、10月末の時点で977人だ。これまで続いてきた月間100人も割り込み、今年の脱北者の数は、2011年に金正恩体制が発足して以来、最低値を記録する公算が高い。脱北者が減っているのは、金正恩が中朝国境地帯の取り締まりや監視を強化しているためと分析されている。
 最近韓国に定着した北韓の元エリート級脱北者は、かつての”先輩”とは異なる傾向を見せる。第一に彼らは、静かに定着することを望んでいるようだ。黄長燁氏や、黄氏と同時に脱北した金徳弘・元麗光貿易代表のように記者会見も開かず、テレビに出て北韓の実情を語ることもない。最近の元エリート脱北者は、政府が斡旋する傘下機関の研究者の職まで断ることが珍しくないという。
 ある脱北消息筋によると、最近韓国に入国したばかりの脱北者のKさんは、ソウルでも特に富裕層が住む江南の高級マンションに住んでいる。Kさんは高級ドイツ車をマイカーとして使用し、外食も気軽に楽しむ。海外での長期勤務を経験したKさんの家族も、ソウル暮らしは特に理解できない面も不快感もなく、満足しているという。
 Kさんがここまでゆとりある生活を送れるのは、脱北した際にかなりの資金を持ち出したからだ。Kさんが韓国に持ち込んだお金は、数百万米ドル。似たようなケースが最近になって増えているというのが、脱北者社会に共通する話だ。
 北韓の権力中枢に近かった人物の脱北といえば、かつては生命の危機を感じるほどの失策を犯し、政治的亡命を選んだ結果というケースが多かった。しかし最近では、何もなくても亡命を選択することが多くなっているという。よりよい生活を送れる国を自ら選ぶ過程で、韓国行きを決心した ということだ。
 脱北者に詳しい消息筋は「金正恩は今年の党創建70周年パレードに合わせて体制を誇示するため、海外駐在官に対して送金の圧力を強めた」と話す。こうした資金集めと、その資金管理のプレッシャーが増えたことが、高官の脱北に影響したとの分析だ。割り当てられた金額を集められても集められなくても、とにかくそれをもって北の権力の影響下から抜け出そうという人々が増えているということだ。
 もう一つの要因としては、張成澤に代表される高官粛清の嵐を見て、自らに危険が及ぶ前に脱出を計画しているという分析がある。張成澤粛清時、彼とつながりがあった海外の秘密資金管理者たちの行方がわからなくなったという情報や報告が広まった。
 では、巨額の資金はどのようにしてソウルに持ち込まれるのか。北韓の海外駐在官が韓国を亡命先に選ぶ理由としては、米国や欧州に比べて外で稼いだ金を持ち込むことが容易であるという話が出回っている。
 ある脱北者は「情報当局者と事前に協議して、自分が脱北して入るから送金などの便宜を図ってくれと取り引きすると聞いている」と話す。彼は続いて「本来なら韓国に入ってすぐ、北韓のパスポートは捨てなければならないが、しばらく持っていても大目に見てくれる」と明らかにした。仮に北韓にいたときの名義で第3国の金融口座を開設している場合、韓国のパスポートでは本人確認ができないので、引き出しや口座の移転を可能にするための一種の猶予措置だという。
 韓国当局者の立場としては、エリート脱北者の韓国行きはそれだけで実績となり、金正恩体制を弱体化させる一つの方法にもなる。つまり韓国の当局者と北韓のエリートは、互いに協力関係を築けるのだ。
 とはいえ、「金持ち脱北者」はまだ少数にすぎない。韓国に入国した2万8000人の脱北者のほとんどは貧しい生活を送っている。
 脱北者は一般的に、韓国社会への適応教育施設であるハナ院で12週間の基本教育を受け、管轄地域にある同様のセンターで事後教育を受ける。定住にあたっては小型マンションの賃貸保証金などの住宅支援を受ける。ほかに就職奨励金、国民基礎生活保障(生活保護)も受給する。その額は1人あたり、多くて年4000万ウォン前後だ。かつては情報提供に基づく報奨金が多くもらえたが、今やそれさえ急減し、北韓幹部の情報提供料ですらせいぜい数百万ウォンにすぎないという。
 2000年代初頭からソウルに住んでいるある脱北者は、「北韓のエリート層のうち、50万ドル以上の資産を持つ人物がちらほらいるというのは、私たち脱北者の間では常識のようになっている」と話す。さらに同氏は「北で住民たちを抑圧して生きてきた人たちは、南に下りてきて、同僚の脱北者たちには見向きもしない。私たちをうすら笑うかのように、一人でいいものを食べて、いい暮らしを送っているかと思うと、頭にくる」と吐露した。


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