映画「日本国憲法」ジャン・ユンカーマン監督に聞く

米国やアジア諸国との関係変える憲法改正
日付: 2013年07月19日 11時22分

 21日に投開票が行われる参院選の争点の一つが憲法96条の改正だ。憲法改正について、国内外の反対論者や慎重論者は、その先にあるとみられる憲法9条の改正やそれによる緊張の高まりを憂慮している。05年に映画「日本国憲法」を制作した米国人のジャン・ユンカーマン監督に、現状と課題を聞いた。(聞き手=河東秀)

 映画「日本国憲法」製作当時は、憲法改正論が出ていましたね。
 「当時は小泉政権下で、いろいろな動きがありました。憲法改正をせずとも、米軍再編などで軍事面を変えていくという方針が出ていました。国民の反発は弱まっており、自民党は、ようやく50年前からの夢を叶えられるのではと考えていた。それで憲法改正に本格的に乗り出しました」
 自民党は55年体制を変えたいという思いが根底にあるのでしょう。
 「自民党は長い間憲法改正を望んでいて、メディアも改憲を支持する議員が圧倒的に多いと報じていました。世論調査でも憲法改正の支持率がどんどん上昇していた。90年代から北朝鮮との関係がこじれており、現在も中国の『脅威』が続いている。そうした背景があり、憲法改正が必要だとの話が出てきました」
 現在の憲法が米国のお仕着せだといわれていますが、監督は否定していますね。
 「2005年当時は一般国民も政治家も、憲法に対する意識や知識が浅かった。『普通の国になる』といわれたら、誰だって憲法改正をすべきだと思ってしまいます。でも、歴史をよく見て、憲法を作る過程と内容を見れば、とてもすばらしい憲法だとわかります」
 映画では、アメリカ人のアジア政治学者、チャールズマン・ジョンソン氏が「憲法9条こそアジア諸国に対する謝罪だ」と述べている部分があります。「戦争をしない国」という日本に憧れを持てる部分だと思うんですよ。特に我々在日韓国人にとっては。戦後史がどんどん曖昧になってきている気がします。小泉政権時は「郵政族」が悪者で、今は韓国・中国・北朝鮮を悪者にして、ある意味で勢力を集中させている。
 「いい憲法をもらったわけではなく、いい憲法を作った。自分たちで認めて、設立したのです。だから、謝罪という役割を果たしていると。どの国でも、侵略戦争は過ちだったと謝罪するのはとても難しいことです。米国もベトナム戦争に対しては一度も謝罪していません。でも、『二度と戦争を繰り返さない』という約束の方が、謝罪よりも大事だといえると思います」
 過去60年間、憲法9条のおかげで、日本はそれを積み上げてきた。
 「戦争が終わって70年になりますが、あの戦争は間違いではなかった、侵略戦争ではなかった、侵略の定義は曖昧なものだ、などという発言は本当に情けない。まず、歴史をわかっていない。侵略戦争だと認める必要があるし、もうすでに日本がそれを認めているのです。もちろん過去のことですから、掘り返す必要はないのです。映画では、日本とアジア諸国の関係にも触れています。憲法改正とは、米国やアジア諸国との関係を変化させることになる。それが本当に望ましいことなのかを考えなければなりません」
 衆院選で自民党が勝ってから、憲法改正が現実味を増してきたように思いますが。
 「彼らがそう思っているだけでしょう。憲法改正に対する支持率は上がっていません。自民党の支持率は高いですが。日本国民が全体的に当時より高い認識を持っています。05年に本作を観に来た人たちは、旧社会党や共産党の人など、護憲派の人たちが多かった。それ以降、一般人や学生の団体なども学習会を持ったりしています。憲法改正が参院選の争点になっていますが、10年前とは全く状況が異なります。一般国民の意識が高まっているので、仮に憲法9条改正案が国会を通っても国民がそれを認めないと思います。経済面では安倍総理に任せていますが、国民は憲法改正の面で安倍総理に信を置いていない。96条を変えようとしているけど、国民の支持がなければ、自民党は諦めると思います。彼らは政治的なセンスがありますからね。ただ、96条は諦めると思いますが、真の狙いである憲法9条の改正に方針を変えるのではないかと思います」
 9条の改正までいってしまったら、中国や韓国が黙っていないでしょうね。映画の中でも指摘しているとおり、日本の問題でもあり、国際的な問題でもありますから。憲法を改正するということは、日本は軸足を変えるということなので、当然アジアとの亀裂は出てきますよね。
 「そう思います。ですが今は情勢をみても国民の支持が見えてこない。今の9条の中では自衛隊が認められています。自衛隊があるなら憲法を改正する必要があるという形に、集団的自衛権を使おうということになるかもしれません」
 韓国は軍事政権が強く、民主化に血を流した分、日本より民主主義が発達していると思います。権利主張も強いですね。
 「僕は日本の戦後史を見て、表現の自由、団結の自由など、政治的行動を起こす自由を大いに利用していると思いますよ。環境問題に起因する運動や反原発運動なども。安保闘争もそうだったし、いろいろな形で市民は意思表示をしている。大いに民主主義が機能しています。日本の表現の自由、思想の幅というのはかなり広いのです。マスメディアも民主主義的に機能している。これはすごい努力の結果なのです。日本はとても活発な民主主義国家であるといえます。それが唯一の救いでもあり、僕が楽観的になれる部分でもあります。また今の日本人は戦争に参加しようとはしないでしょう。軍事的な国とはいえません」
 私も小学校から日本の平和憲法を習わされた身なので、9条の意義を考えるとそうなってもらいたくはありません。結局、戦争に繋がらないためにアベノミクスをやっているわけじゃないですか。経済的にいえばですよ。従来であれば、すぐ戦争してしまうものを、金融緩和で戦争に至らないようにするのが先進国の知恵だと思います。やはり監督がおっしゃったとおり、竹島問題も尖閣問題も、平和的に解決する方法を模索すべきです。時には問題のある言動に目をつぶるとか、マスコミが煽らないとか。欧米と違い、外に敵を作ると、アジアでは民族心や国民意識が狭まった形で火がついてしまう部分が強いです。
 「東アジアの政治的状況は非常に難しいところがありますね。理想ではヨーロッパのように、アジアの共同体を作りたいという気持ちはありますが、韓半島問題や中国の政治的な動きがある中で、いろいろなわだかまりが出てくる。歴史の清算も残っている。それを認識する必要はあると思います。そうした小さな問題を強調するのではなく、小さい問題を解決しても大きい問題が残るということに目を向けるべきです。今は問題を多く抱えていますが、どう解決していくべきかを考えなければいけないのです」

日本国憲法96条(憲法改正)
この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
日本国憲法9条(戦争の放棄)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 ジャン・ユンカーマン 1952年、米国ミルウォーキー生まれ。画家の丸木位里・俊夫妻を取材した『劫火―ヒロシマからの旅―』(88年)は米国アカデミー賞記録映画部門ノミネート。日本国憲法の制定までの経緯や各国の識者が語った意義をまとめた『映画 日本国憲法』の監督で、現在も日米両国を拠点に活動を続ける。


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