【韓日連帯への課題】 思想・価値観の視点(1)「同じ価値観を共有」という幻想の危うさ

洪熒・本紙論説委員 
日付: 2013年05月22日 00時00分

 韓日関係がここ数年、かつてなくぎくしゃくし、独島問題をきっかけに破裂した。表面的には歴史認識と「過去清算」の問題が原因とされているが、それに加えて思想・イデオロギーの問題である。中国や北韓を背景にした韓国内の従北勢力による「文化ヘゲモニー闘争」、つまり社会変革(革命)闘争が、韓日分断を重要な戦略目標としてきたという構造的問題がある。今までほとんど注目されなかったこの点を理解するとともに、韓日両国とも保守の拠って立つべき価値を求める努力をしながら、韓日の連帯強化を進めることが、真の東アジアの平和に寄与する道であると思う。

韓日の認識ギャップ

(1)政治制度の違い
 安倍政権は価値観外交を掲げ、韓国との連帯を進めようとしている。一方、日本社会には近年人種主義とも見られる深刻な反韓・嫌韓感情が噴出している。その根源の一つに、現在の韓日両国が拠って立つところの歴史的・政治的背景の違いがあるように思う。
 韓日両国は自由民主主義の政治制度と市場経済という共通点をもっている。ところが、この共通点が強調されすぎて、相手の本当の素顔がわからなくなった。
 例えば、多くの韓国人は、日本国憲法の第1章(第1条~第8条)が天皇に関する条項であることを知らない。いや、想像するのも難しい。日本社会も韓国の共和制がどういうものかわからない。
 日本の近代史は、明治維新以降70年以上にわたる戦争の時代があり、1945年の敗戦をもって平和の時代となった。日本は米国によって占領統治されても、その後の国体についてはあくまでも天皇制の存続にこだわった。日本人の間に共和制に移行するという選択肢はなかった。その意味で、1945年の日本に「革命」は起きなかった。
 一方、韓国の近現代史は、朝鮮王朝から大韓帝国を経て日本の植民地となり、1945年に植民地支配から解放された。ところが解放後、韓国人は朝鮮王朝体制に戻ろうとはせず、韓半島の南では自由民主主義体制にもとづく「共和制への建国革命」が行われた。これは明らかな「革命」であった。その体制をつくるべき何の環境条件も整備されないままに、共和制の国を建てたのである。
 大韓帝国を法的に受け継いだのは韓国だが、この二つの国はまったく別の国だ。その後、韓国は経済的にも成功して先進国の仲間入りをする段階にまで至った。
 この点は、韓日の政治制度の大きな違いである。

(2)イデオロギーと価値観のギャップ
 戦後の歩みを見ても、国際政治の現実とそれに向き合う思想的認識に大きな隔たりがあった。
 1948年に大韓民国が建国されたものの、50年6月にスターリンと毛沢東と金日成による奇襲南侵により、6・25動乱(韓国戦争)が勃発した。事実上、中共軍と国連軍の戦いになった韓国戦争は、53年に停戦協定が調印されたが、この戦争で韓国軍は20万人以上が戦死した。最近北韓はその停戦協定の一方的破棄を宣言し、戦時状況に入ったと公表した(13年3月30日)。平壌は、「ソウルだけでなく、ワシントンも火の海になる」と豪語している。
 一方、戦後の日本は、日米同盟で米国に護られ、平和の時代を迎え経済成長に邁進した。6・25動乱では経済的効果(朝鮮特需)も享受した。その間、韓国は休戦後一貫して北韓との軍事的・思想的な緊張状態が今も続いているのに、この点について日本はあまりにも無頓着すぎると思う。
 尖閣諸島を巡って中国海軍艦船による射撃管制レーダー照射事件で日本は大騒ぎだったが、韓国からすれば、西海のNLL(北方限界線)では日常的なことで「今さら何だ」という思いもある。韓国は北との対峙状況においてここ数年に限っても哨戒艦「天安」が撃沈され、民間人が砲撃を受けるなど、生々しい現実を生きている。
 それを日本はどう見てきたのか。
 かつて韓国の大統領が暗殺されかけたときでさえ、日本の外務大臣は国会で「韓半島には北からの脅威はない」と答弁していた。こうした事件が起きても、日本では「韓国政府がわざと誇張して南北対峙状況を煽り捏造している」とさえ主張する勢力もいる。それよりも低いレベルの日中の緊張状態にもかかわらず、なぜ国中が大騒ぎをするのか。このように日本も韓国も、お互いが相手国の現実認識を客観視できていないと思う。
 ところで、日本では「死ねば誰でも仏になる」と広く言われている。それならば、金日成・金正日は仏様なのか? スターリンや毛沢東もそうなのか。
 かつて、自由民主や人権といった価値観のなかった時代の戦争では、敵も死ねば仏になりえたかもしれない。近代国民国家から成り立つグローバルな現代世界においては、人道的罪などの普遍的な価値基準がある。昔のように戦いをして死ねば仏になって済ませるといって過去を清算する時代と今は違う。しかし日本は、「(韓国は)過ぎ去ったことを何度も言い立てる。過去のことは水に流せばいい」という。
 「価値観」という言葉を使う以上は、価値観の中身に関する議論が必要だが、それを怠っている。こうしたいくつかの文化的違いを見ないで、同じ価値觀を共有しているという幻想的な認識をもって互いに向き合っているために、双方とも非常に混乱している。
 日本では、こと韓国・朝鮮に関する情報に関してはバイアスのかかったものがあまりにも多い。そうした誤解や俗説が定説化して相互関係が築き上げられたわけだから、その上で韓日の入り組んだ問題を話しあうのは至難の業だ。

※本稿は『世界平和研究』2013年春季号に掲載された内容を抜粋する形で紹介しています。


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