池萬元
‘5.18(光州事態)負傷者会’のシン・キョンジンなど5.18関連団体側が私を告訴したのは2008年9月でした。彼らが私を告訴した内容は2008年1月に私がシステムクラブに掲示した下の表現でした。
“すべての記録などを見て筆者は5.18(*光州事態)は金大中などが起こした内乱事件とした1980年の判決に同意し、北韓の特殊軍が派遣されて組織的な作戦指揮を取ったという心証をもう一度持つようになった。不純分子が市民を銃で撃ったのはもちろん、済州4.3事件(*暴動)のように残忍な方法で殺人を犯しては、左翼がこれを軍人に擦り付けるいわゆる謀略戦を繰り返し駆使することで民主化運動と決め付けていく、‘まだ終わっていない心理的内戦’がまさに5.18だと思う。”
この文をもって5.18団体が私を告訴し、安養地検の朴允姫検事(女)が起訴しました。初公判日は2009年10月8日、この時から1審14回と2審9回の総23回の公判が行なわれ、いよいよ2012年8月23日の午後2時ソウル高裁404号法廷で金基正部長判事が検事の控訴を棄却し被告人池萬元に無罪を宣告しました。これで10年間戦ってきた5.18との戦争が事実上終止符を打ちました。
1審では裁判部が3度変わるほど判事たちがこの裁判の引き受けを嫌いました。単独判事が二度変わり、三度目に合議制の裁判部が構成されました。この合議部の裁判長は初公判で被告の気持ちをひどく傷付ける言葉を言いました。“被告人は今不拘束状態で裁判を受けているが、いつでも拘束され得ます!”それほど5.18に対する固定観念が社会全体に広がっていました。告訴対象になった文の内容(*前掲)が事実だと信じられる相当な根拠を私が提示できなかったら拘束されたかも知れないということです。去る4年半に亘る1審と2審の裁判で私はただ一つ、“北の特殊軍(部隊)が5.18の光州に来た”という証拠と論理を提示し、その間行なわれた23回の公判は全部この一つの主題をおいて進行し裁判部は毎回の公判進行時間を短くは90分、長くは5時間まで配慮しました。
5.18の‘5’の字を言い出すだけで蜂群れのように飛びかかってきた5.18関係者たちがもはやこれ以上言い掛かりがつけられないはずです。私が観察したところでは5.18関係者たちは既に論理の不足で気が折れています。戦いはこれからです。これ以上怖気付かず5.18(*光州事態)の真実を全国民に知らせることです。私たちは必ず逆様になっている5.18の歴史を正しく立て直さなければなりません。もう5.18はこれ以上聖域でありません。
宣告日の今日は弁護士が法廷に出る必要がありませんが、徐錫九弁護士は大邱から上京して勝訴瞬間の喜びを分かち合いました。遠くから御出でになり法廷はもちろん、廊下まで埋めて下さった愛国市民の皆さんにもう一度深い感謝を申し上げます。皆さんの根気強い参与が裁判の流れを作りました。今日も150人以上御出でになりました。
www.systemclub.co.kr 2012.08.23 17:57