「権良淑氏が大統領専用機で100万ドルを持参して在米家族に伝達」疑惑を検証

様々な報道機関や人々が主張し、趙甲済ドットコムも盧武鉉の家族と財団側に関連資料を送って論評を求めたが反応がない。
日付: 2012年02月02日 17時55分

趙甲済
2010年9月12日、ポータルサイトであるネイバーのカフェ「ノノデモ(nonodemo)」の自由掲示板に「ゴダリ(this4u2003)」というペンネーム(李・タルホ氏)がこういう文を載せた。
<私はアメリカ東部にあるカジノホテルリゾートで10年近く韓国人担当のマーケティング理事として働いてきた人です。そのうちに景・ヨンヒ(*韓国女性)が米貨千万ドル以上のお金を不法搬出し、そのうちの一部は盧静妍(注-盧武鉉の娘、*右写真)と関連していることを知ることになりました。景・ヨンヒは数回にわたって盧武鉉前大統領の家族から200万ドル以上のお金を貰い、最初米貨で百万ドルをもらった時は一連番号通りの新札だったため、某カジノホテルの部屋でタバコの灰などで汚し、少しずつマネーロンダリングしたと打ち明けたことがあり、(後略)>
ゴダリは、9日後の9月21日にも文を載せたが、中にこういう件があった。
<また、景・ヨンヒは、また盧氏から別の百万ドルを貰ったことがあり、権女史が国賓の身分を利用して(チェックを受けずに)税関を通過した事実まで知っていました。>
9月22日の文にはさらに具体的描写があった。
<景・ヨンヒが言うには、権良淑(*左写真)が一連番号通りの新札100万ドルを、国賓の特権で検査も受けず税関を通って景・ヨンヒに伝えられ、カジノホテルの部屋でタバコの灰で塗しながら古い札と混ぜてマネーロンダリングしたと打ち明けたこともあり、後略>
2009年の春、盧武鉉の秘密資金捜査が真っ最中の時、韓国日報はこう報道したことがある。
<朴淵次会長は、職員130人を動員して二日間でウォン貨10億ウォン程度を100万ドルに急いで両替し、旅行用カバンに入れて青瓦台で鄭前秘書官に渡したと検察は把握している。一部では朴会長が100万ドルを青瓦台へ伝達した直後の2007年6月30日、盧前大統領夫婦がグアテマラへ出張したが途中経由地のシアトル(米国)で建昊氏に会ってお金(*100万ドル)を渡したという推測が出ている。>
2009年4月14日の聯合ニュースも、<盧のシアトル滞留23時間…何かあったか>という題名の記事を出した。盧大統領が2007年6月30日、平昌冬季オリンピック誘致のためのグアテマラIOC(国際オリンピック委員会)総会参加のため出国する直前、朴淵次泰光実業会長から米貨100万ドルを受けて、経由地である米国のシアトルで息子の建昊氏(当時スタンフォード大学で経営学修士過程)に会ってこれを伝達したという「図」を検察が描いているとした。検察は、<盧武鉉のシアトル訪問行跡を追跡するために去る13日、権賛晧当時駐シアトル総領事などを呼んで調査した>という報道だった。
当時捜査に参加した一人は筆者に、「朴会長が急いで用意した100万ドルは、盧大統領が出国する一日前に青瓦台の鄭相文総務秘書官に伝達された」と言いながら、「私たちは、権良淑女史が大統領専用機に100万ドル入りのカバンをのせて米国に到着し、直接息子か娘に伝達したと見たが、確認できない状態で捜査が終了した」と言った。筆者が「100万ドルを一人で運べるのか」と訊いたら、彼は「100ドル札で100万ドルなら旅行カバン程度だ」と言った。
盧武鉉の自殺直後である2009年6月1日、文在寅(*左写真)前秘書室長はハンギョレ新聞とのインタビューで100万ドルの性格に対してこう話した。
「盧前大統領は鄭秘書官が受けたという3億ウォンと100万ドルの性格をよく知らなかった。そのお金がただ借金返しに使われたのではなく、子供たちのために米国で家を購入するのに使われたことを知って衝撃が非常に大きかった。にも拘らず、ホームページには(検察の)捜査を政治的陰謀だと見て大統領を一方的に庇護する文がたくさん載ってくるから‘それは違う。責任を負わなければならないことだ’と考えておられた。」
朴淵次会長が提供した100万ドルが盧武鉉家族が米国で家を買うところに使われたことを認めた話なのだが、それではそのお金がどのように米国へ渡っていったのかである。銀行送金だったのか、人便で伝えたのか? 大統領夫人が、100万ドル入りのカバンを大統領専用機を利用して米国に持ち込んで国賓の特権を利用して税関検査を受けずに家族に伝えた可能性がある、という記事は米国の"SECRET OF KOREA"や韓国内最大週刊誌の‘日曜新聞"に何回も掲載された。盧武鉉側の抗議や反論はなかったという。趙甲済ドットコムも盧武鉉家族と財団側に関連資料を送って論評を求めたが未だ反応がない。

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