北の虫瞰図=編集余話 瞻星台

日付: 2012年02月01日 00時00分

 鳥瞰図というのは、鳥が空から見ているような角度から全体を俯瞰する図のことであるが、虫瞰図という虫の目で物事を詳細に観察するという語もある。北韓の民衆を虫の目で観察した日本語の本がある。『KEDO所長が目撃した北朝鮮~断末魔の虫瞰図』というタイトルで、著者は李賢主・駐大阪総領事だ。1997年7月からKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)事務所に韓国代表として赴任し、2年間にわたって、軽水炉型の原子炉建設現場がある咸鏡南道の片田舎で、北韓当局者と困難な交渉を担当した。その一方、地域で生活する民衆を、虫の目でつぶさに観察した本だ▼平壌は、北韓の人にとっては天国のようなところだが、片田舎にこそ北韓の実情が表れる。徳川家康の「百姓は生かさぬよう殺さぬよう」という統治哲学が今も最も忠実に実践されているような場所だという。社会主義の仮面を被った恐怖の独裁体制の中でも、家族を愛し、幸せになろうと努力し、家庭での農作物栽培にいそしむごく普通の人たちもいる▼北韓では今、飲み食いすること以外に、これといってすることがないという。原始的な共同社会に住む人々と同水準の素朴な人間になっているらしい。換言すれば、革命パワーが去勢されているともいえる▼ごく普通の人から革命パワーをそいだのは、独裁体制で金一族を崇拝しなければならないという脅迫観念で、それがために過剰忠誠を強いられる。その過剰忠誠も、「自由」というものを知れば、革命パワーに変化する。その点を指摘した良書である。


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