趙甲済
左翼的な歴史観の影響を受けて韓国の現代史を否定することで保守勢力を分裂させ、金大中政権登場のカーペットを敷いた人が「左派の宿主」の役割を演じた金泳三だった。就任直後、彼の言動に危険を感じた筆者は、1993年11月号の月刊朝鮮に、「金泳三は歴史の継承者なのか、破壊者なのか」という記事を書いた。
17年後、もう一度読んでみると、李明博政府とハンナラ党もまた、金泳三の路線からさほど離れていないことが分かる。ハンナラ党が、李承晩と朴正煕の路線を総体的に肯定して批判的に継承しない限り、大韓民国の正統勢力の脈を引き継げず、支持層を縮小させることで自らを矮小にさせるだろう。韓国の奇跡的な発展を生み出した二人の功労者を称えない保守政党は、にせ物ということだ。