「日本の植民地支配を受けていた時代の先覚者や指導者たちのなかには、一人の人物に相反する評価を下すよりほかにない不幸な人たちが少なくない。とりわけ亡国の初期にあった、万歳事件とも呼ばれた一九一九(己未)年の三・一独立運動を前後する時期には、日本の帝国主義にあらがって命がけで闘ったはずの愛国的な独立運動の志士たちがその人生の半ば以後すなわちアジア太平洋戦争の末期には、日本の帝国主義に積極的に同調して媚を売る親日派・民族反逆主義者に心変わりして、彼らに心を寄せていた後世の人たちに、裏切られたという惨めな思いを味わわせたりもした……。」著者洪盛原の前書きが伏線のようになって、物語は展開する。
韓東振。玄山を名乗る彼は、ソウル近郊のY市で三・一運動を主導した後、韓国を離れ旧北満州で活動をするが、志半ばで敵の凶刃に倒れた。抗日の志士として故郷ではあがめられている。
玄山の孫、英勲は事業に成功し、流通業界大手の東日グループの会長に収まっている。ある目的を持って亡くなった娘の婿、金亨真に玄山の一代記執筆を依頼する。
渋々ながら執筆を承知した亨真の前に次第に明らかになっていく玄山の真実の姿。
次々に登場してくる玄山ゆかりの人々。玄山と日本人女性との間に生まれ、母に置き去りにされ、中国人に育てられて中国人として生きる息子の宋階平、その妹の孫娘、日本で暮らす江田彩子。一人の男を介して血統は東アジアの三つの国へとひろがっていった。
一つ一つ真実が明らかになるたびに、読者は衝撃を受ける。作家の手練にすっかり乗せられているではないかと思いつつますます物語にのめりこむ。
宋階平、江田彩子、それぞれが、互いの関わりを知り、自らの韓国との関わりを知った後に中国人として、日本人として語る言葉が心に沁みる。
著者の人間に対する深い慈しみを感じて、三つの国の国民にぜひとも読んで欲しい作品と思う。著者がすでにこの世を去っておられるのが、とても残念である。
本の泉社刊/定価=2800円(税別)
(松村牧子)