『夜のゲーム』オ・ジョンヒ著、波田野節子訳=中沢けい書評

10年の歳月を経て描かれた2作品に見るロストジェネレーションと和解
日付: 2010年04月21日 00時00分

評者=中沢けい

 オ・ジョンヒは、1947年生まれで、日本で言えば団塊の世代と重なる女性作家だ。第2次世界大戦終結の5年後に朝鮮戦争が勃発した韓国ではオ・ジョンヒの世代は、戦争と戦争の間に生まれ、そして長く続く軍事政権下で青春を迎えることになった世代である。

 『夜のゲーム』(段々社刊)は1979年に李箱文学賞を受賞した「夜のゲーム」と1989年発表の「あの丘」を納めた作品集である。毎夜、花札に興じる父娘を描いた「夜のゲーム」は、家庭内の不穏な暴力の感覚を濃密な文体で描いた作品として評価されたそうだ。が、「夜のゲーム」には不穏な暴力が暴発することなく閉塞したままの家庭という空間が描かれながら、ある種の救いに通じる透明感あふれるファンタジーが潜んでいる。それがオ・ジョンヒの作品を上質な文学にしているのだ。

 「夜のゲーム」では花札をはさんで対立したままだった父と娘が、10年後に発表された「あの丘」では対立しながら、和解の細い道筋を探っている。表題の丘は、娘が築き始めた家庭から見える憧れの丘をさしている。
 「夜のゲーム」の細部に見られた透明なファンタジーは、「あの丘」では家から見える丘というシンボルに結晶している。強烈な民族主義者で、断指も辞さない父親は、戦争によって平和な社会を穏やかに生きる感覚を失っている。言わば父はロスト・ジェネレーションの世代と呼ぶことができるだろう。

 「夜のゲーム」では娘もまた父と対立しながら、どこか日常の生の意識を失ったロスト・ジェネレーションの世代の影を背負っていたが、「あの丘」では、豊穣な日常を取り戻そうとする決意を娘は持っている。博打を好む父に対立する娘は、自分が築き始めた家庭に父が踏み込むことを拒絶する。が、同時に父との和解の細い道筋も見失わないのである。これは日本の団塊の世代の作者には見られない特徴である。そしてこの特徴ゆえに、現代においても、オ・ジョンヒの作品は魅力を失わない。

 なぜならば現代は刺激に満ちていながら、生の感覚はいとも容易く失われてしまい、家庭の中に暴力の感覚が充満することも珍しくないからだ。

 オ・ジョンヒは実に生の喜びに敏感な作者だと常々感じていたが、「夜のゲーム」を読むと作家の出発からその敏感さは備えられていたことが解る。

段々社刊/1700円

 (なかざわ けい 作家)


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