金正日が「タックスヘイブン」(租税回避地)に隠している秘密口座を市民らが追及している。秘密口座を暴くことは、通貨偽造・麻薬密輸・武器不法輸出など犯罪によって得た利益の最終目的地を突き止めることであり、核開発を指揮する北トップの秘密口座凍結につながる意味を持つ。拉致被害者の救出をめざしている人権団体「ヒューマンライツ・イン・アジア」(東京・新宿)の加藤健代表も金正日の個人口座を暴こうと各国に働きかけている一人。秘密口座を追った。
個人資産40億ドル?
ジョン・マケイン米上院議員は03年1月、米紙「ウィークリー・スタンダード」で金正日秘密口座の凍結を呼びかけた。金正日の個人口座の存在が国際世論上公になるきっかけの一つだった。マケイン議員は「米国は金正日がタックスヘイブンの銀行口座に隠している個人資産40億ドルを凍結するための国際的取り組みを奨励すべきである」と述べた。
06年4月には、クリストファー・ヒル米国務次官補が、金正日の秘密口座の存在を記者会見で示唆する発言もあったが、その後目立った動きはみられなかったという。
北朝鮮の政府予算は「党予算」と「政務院予算」の二重構造になっている。予算額は明らかにされておらず、年間数百億ドルから数千億ドルと、専門家でも意見が分かれている。
党予算は、朝鮮労働党が上げた予算案を金正日が決裁する方式で確定される。政務院予算は国家計画経済委員会が作った予算案を最高人民会議で議決する形で成立する。党予算は政務院予算の1・5倍から2倍だという。
金正日の秘密資金は、党予算の中から金正日が独断的に使う資金と見られている。党に入る資金はほとんど金正日個人の資金であり、党予算と金正日の個人資金の境界は曖昧だ。
原資は「忠誠の資金」
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ルクセンブルク中央銀行(上)とスイス国立銀行。金正日の隠し資産が預けられているといわれるが・・・ |
それでも金正日個人の秘密資金を管理する部署は設けられている。財政経理部傘下の「39号室」だ。北朝鮮の外貨獲得活動は「忠誠外貨稼ぎ」と「群衆外貨稼ぎ」の二つに分けられる。「忠誠外貨稼ぎ事業」こそ、金正日秘密資金のパイプラインだ。
軍高位幹部の脱北者によると、95年当時の金正日の個人資産は20~30億ドル。人民武力部をはじめとした党傘下のすべての機関と「外貨稼ぎ会社」が予算の30%を毎年「忠誠の資金」という名目で上納したとインタビューに答えている。
当時テソン貿易総会社(金正日直属の貿易会社)から1億ドル以上、朝鮮統一発展銀行から3000万ドル以上が金正日に渡ったという。「忠誠の資金」は年間約1200トン収穫されるマツタケと、金販売の収益からも出された。額は双方約1億ドルだったとみられる。「金正日の誕生日(2月16日)ともなれば、平均1億ドル以上、景気が良ければ3億ドルも集めました」と、前出の脱北者は答えている。
秘密口座の所在地
秘密資金を蓄える口座は当初、銀行の機密保持性が高いところに設けられた。加藤代表はスイスにあったと推測している。
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加藤代表と各国金融当局間で交わされた書簡 |
スイスやロシアには金正日が実質的に所有する別荘があり、スイスに住む妹夫婦は、金正日の指示でその別荘を管理していた。三男のキム・ジョンウンが留学していたのもスイスだ。
スイスに秘密口座があったことについては韓国紙も報じている。加藤代表はすでに国外に移されたとみているが、詳細は明らかになっていない。
スイスは、預金者の個人情報保護には他国以上に尊重する姿勢を示していたが、数年前から犯罪収益や独裁者の財産については厳しく管理をしている。
謎のルクセンブルク往復
スイスは「歓迎されざる資金」として、フィリピンのマルコス、ナイジェリアのサニ・アバチャ、ペルーのブラディミロ・モンテシノスの実名を挙げて拒絶宣言をしている。ただ金正日の場合、ケイマン諸島やルクセンブルク、オーストリアなどでペーパーカンパニーを設立し、その会社名義でプライベートバンクに金を預けていると推測される。
加藤代表はルクセンブルクに注目。スイスで資金管理をしていた北朝鮮の高官がルクセンブルクに何度となく往復していることがその根拠になっている。
同代表は欧州委員会の委員らに北朝鮮の国家犯罪とマネーロンダリング疑惑の存在を訴え、ルクセンブルク政府には調査を求める書簡を発送している。
(取材班)