『キムチの文化史』 佐々木道雄著

書評=金両基
日付: 2009年10月21日 00時00分

福村出版刊 定価6000円 (税別)
 日本のキムチとはなにか、さらに日本の漬け物は韓国で何というのであろうか、書名を見ながらわたしは呟いていた。漬けることをジョリダというが韓国語には漬け物という単語がなく、ム(大根)キムチ、オイ(胡瓜)キムチというように、キムチを日本語の「漬け物」の意味でも使っている。

 キムチと言えば、即座に唐辛子で染まった真っ赤なキムチを想像するが、著者は医官の柳重臨の『増補山林経済』(1766年)から「未熟の胡瓜を採り、ヘタをはずしてきれいに洗う。3面に包丁で切れ目をいれ、唐辛子粉を少し入れ」たくだりを引用し、「これが朝鮮の唐辛子を使ったキムチの初めての記録」とみなし、それは「キムチ革命の出発点」だと説く。

 それに従えば唐辛子を用いたキムチの歴史は250年ほどだが、唐辛子は南蛮船によって日本にもたらされ、朝鮮には「1570年代に日本から伝来した」という。それから唐辛子が漬け物の香辛料に使われるまで200年もの時を費やしていることになるが、文献に現れたのは中流以上の上層階級に食されたことの証であり、すでに民の食生活で育まれていたという著者の見解は頷ける。

 著者は以前から日本語の胡椒がコチュ(唐辛子)の語源だと説き、「コショー→コチョ→コチュ」の過程で現代語のコチュになったと本書でも力説し、反論を促している。キムチの語源はコチュが使われる以前の漬け物の呼称の一つである「沈菜チムチェ」に求める説があるが、コチュの入ったキムチは南の方から北上したという著者の見解から気づいたことがある。慶尚道ではキムチをチムチといい、海苔のキムをチムという。チムチェ→キムチェ→キムチのように慶尚道のチ音がキ音に転化したと考えることは可能である。

 韓国と日本の漬け物文化を比較しながら、その類似性と異質性に迫る著者はキムチの歴史と文化をダイナミックに展開し、多くの問題点を提起した力作である。

 明治維新から日本でのキムチの歴史をふくめて、キムチの愛好家にとどまらず、両国の文化に関心のある人たちに一読を勧めたい問題作である。図書館の常備図書に推薦したい。外国人(日本人)であるから「思考の自由度が増大し、大胆な仮説も構築出来る」と自分の能力の限界に挑戦したという著者のダイナミックな挑戦に斯界は応えて欲しい。

 (キム・ヤンギ 比較文化学者)


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