書評なるもの、著者に会わないで書くのがスジだ、と思う。あくまで書かれた中身がすべて。その意味で、これは書評のルールからは外れる。まずもって、お断りしておく。
本書の刊行にあわせて来日した張誠珉さんに会った。
東京は九段下のホテルグランドパレスで。たまたまのことであったけれど、奇しくも、との思いがよぎる。そう、金大中事件の舞台である。地下の中華料理店の丸テーブルで紹興酒をともにしながら、おそらく張誠珉さんも同じ思いであったに違いない。なぜなら彼は、金大中大統領の秘書室政務秘書官であり、初代国政状況室長だったから。
いきなり近ごろの日本の北朝鮮報道に疑問を呈した。後継者と目される三男正雲についてである。毎日新聞がいちばん信用できるねと語ったのはお世辞だったかどうか。
それはともかく、本書は資料価値が高い。太陽政策を推し進めた政権のど真ん中にいた北専門家としての「視線」は感じるものの、膨大なデータをもとに書かれているからである。原書も拝見したが、376ページのうち40ページほどが参考文献リストに割かれている。
ただ入稿の締め切りが正雲報道かまびすしきころとあって、日本での報道を意識し、盛り込みすぎたのはもったいない。むしろ張誠珉オリジナル情報こそ読み取りたいからだ。
そのなかで評者が注目したのは、金正日の妻、高英姫の死亡日が特定されていたことである。2004年5月26日、そして6月初めに北朝鮮で葬儀が行われた、とある。
むろんソースは秘匿したが、それなりの自信がうかがえた。貴重な情報だろう。
もうひとつ気になったのは、在日出身の高英姫が北に帰国した時期である。本書は70年代と記している。評者は60年代と理解していたので疑問をぶつけたが、ミステリーだ、と答えるにとどまった。70年代の帰国者なら、彼女の正体は、いったい誰なのか? 疑問は残ったままである。
だが、それでも本書は批判的視座を失わずに用いれば、現代北朝鮮研究のよき入門書にはなろう。冒頭でジャーナリストの田原総一朗さんが「とても新鮮な思いがした」と感想を書いているが、それは十全とはいかなくとも事実をして語らしめようとした努力のあとが見えるからだ、と思った。
(すずき たくま 毎日新聞編集委員)