河東秀
リーマンブラザーズの破たんから1年過ぎた。当時の世界経済は「大恐慌」への懸念を抱えていたが、各国政府による莫大な財政出動と金利引き下げおよび中央銀行の支援を背景に世界経済はリセッションの深みからようやく浮上しつつあり、「最悪期は脱した」とトリシェ欧州中央銀行(ECB)総裁が言明するに至っている。ただ、これが本格的回復につながるという見方はまだ少ない。
日米欧の異例の金融緩和政策が続くなか、米国のゼロ金利政策持続見通しから、マネーは商品市場や資源国通貨などに向かっている。ユーロやオーストラリアドル、南アフリカランドなどの足元の対ドル相場は昨年9月のリーマンショック前の水準まで回復。原油や金などの商品相場も高騰しはじめている。一部資金は韓国にも流入した。
9月11日、米国短期金利がロンドン銀行間取引金利(LIBOR)で3カ月物が0・3%割れを記録、円3カ月物金利を下回りドル/円は7カ月ぶりの円高ドル安の90円67銭をつけた。ドル金利が円金利を下回ったのは1993年5月以来のことだ。米ドルは、円だけでなくユーロなど主要通貨に対し1年ぶりの安値をつけた。ドル売り・ドル離れだ。
元来キャリー・トレードとは金利が低い国で資金を借り入れ、高収益が見込める国の債券や株式に投資することをいい、世界経済にマネーの過剰流動性を起こさせる原因でもある。(グローバルマネーのバブル化)。キャリー・トレードされる通貨は、景気回復までに時間がかかり中央銀行がゼロ金利を解除するまで続き、過剰流動性とボラティリティーを高める。日本は1992年2月にゼロ金利を実施、いまだ金利を上げられずにいる。ただ、ゼロ金利の解除が予想される時、金融市場は揺れる(97年アジア金融危機)。また過剰流動マネーと経済実態の「乖離」が限界点に達した時、今回のリーマンショックのように金融市場は大きく崩壊する。
ドル離れとドル・キャリー取引の本格化は4日、「国債の買い入れ資金を調達するために紙幣を増発する米連邦準備理事会(FRB)の政策に対する懸念」を中国が表明したことと、10日のコーン連邦準備制度理事会(FRB)副議長が「低インフレと世界経済の弱さを理由に、短期金利が急上昇する公算は小さい」と述べたことによるものだろう。
しかし、ドル・キャリー取引には厄介さがある。第一に、トレードの活発は米国からのドル資金の流失を意味する。第二に米ドルは基軸通貨として新たに調達せずとも各国、各金融機関が既に保有している点である。
リーマンショック後の危機感から銀行が確保し内部に積み上げたドルを本格的に運用にまわすとすると、ドル売りの流れはもっと大きくなる可能性もある。経常収支の赤字が80兆円規模に達している米国は、海外政府や投資家に依存しており、年間2兆ドルになる米国債の発行は増えることはあっても減ることはない。ドル安を懸念し、ドル債の買いが細れば、金利は上がる。
米国は、米国債購入国の構造変化があっても海外からの購入を減らせられない。実際6月末の統計では中国、ロシアは米国債の保有額を減らし、日本、イギリス、韓国などが増やしている。ドルの還流がスムーズに行われるには何よりも株高が必要だ。ドル安と「出口政策」の隙間で動くドル・キャリー取引は国際金融と世界経済に新たな不安要因を招いている。