洪 今回クリントン氏が拉致問題に言及したのは、国連決議を無効化したことで日本との関係悪化を憂慮してのものだったのでは。
佐藤 確かに。クリントン氏は、非常に制限された議題の中で日本人拉致問題を口にしたのだから、米国は日本人拉致に対して熱心にやっているともいえる。問題は当事者の日本が、被害者救出に関して、何をどうすべきかがまったく見ていないことだ。米国も韓国も、自国の都合で動くに決まっている。友邦に頼るだけでなく、自らどうすべきなのかが最大の問題だ。
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佐藤勝巳 さとう・かつみ 1929年、新潟県生まれ。60年代には在日朝鮮人の帰還事業などを積極的に推進した。84年より現代コリア研究所所長。98年、救う会会長に。 |
洪 平壌の後継作業は成功すると思うか。
佐藤 成功しないと思う。金日成から金正日への継承過程を見ると、金正日は74年の党中央委員会で後継者として正式に決まり、80年に序列の4番目として登場するが、実際に政治を主導するのは85年頃だったといわれている。呉振宇を中心とした権力移譲プロジェクトチームがあって、そのサポートで権力が移譲された。3代目にはそういう時間がまったく無い。結局、飾り物になる。
洪 実権は誰が握るのか。
佐藤 国防委員会がやることになる。一般的に言われているように、張成沢だろう。張成沢が台頭すると、委員会の中で必ず葛藤が生じる。集団指導制を予想する専門家もいるが、それは考えられない。独裁者の命令で動いてきたのが、横のラインで協議・協力できない。そのような基盤は北の社会にない。後継体制はそこで躓く。
洪 独裁権力とは、結局は奪うものだった。今後北が国家を総動員しても内部資源はあるか。中国の支援はどうか。
佐藤 内部資源はないと思う。すべてが枯渇しきっている。教育も、資源も、山野も荒れ果てている。人の心を含めて、平たく言えばすべてが劣化しきってしまった。ここが金正日体制発足時との決定的な違いだ。中国の援助も再生産へは繋がらない。
洪 北が「国家」の体をなさなくなったのはいつからだと思うか。
佐藤 1984年だ。この年6カ年計画の破綻で決算ができなかった。そのため、その後の計画も立てられなくなった。社会主義は計画経済なのに、それがすでに金日成の代で終わった。その後は何の方針も無い集団になり、独裁者の国家になった。計画経済は不可能になって奴隷制が本格化した。北の政治犯収容所も、84年の社会主義計画経済の崩壊後、満杯になった。強制収容所のある道(行政区)では収容所内の強制労働でその道の食糧をほぼ確保したという。つまり、奴隷労働で食いつないでいたということだ。
洪 そういう側面からも、北は急いで米国との勝負に出ると。
佐藤 そうだ。国内的にも、中国との関係を見ても、米国と急いで何かをせねばならない。早く手を握るか、もう一度騙すかだ。
洪 拡大再生産ができなくなった北を、中国はなんとか維持して利用しようとするだろう。これに対して米国はどう対応するか。
佐藤 中国は北を自分のコントロール下に置きたいのだろう。私は、米国は北の核爆弾さえ拡散しなければいいという認識だと思う。中国との大国外交戦略の中で、北が「反米」では困るが、北京の方がより重要なのだ。米国は基本的に北に関心が薄いと、かなり前から思っている。だが中国は違う。米国は、結果的に北が中国のコントロール下に入るのを容認するかもしれない。
洪 同盟国の米国がそれでは韓国も日本も困るのでは。
佐藤 もちろん、日本も韓国も、東アジアとしても困る。結局日本の半島政策の問題になるが、実は日本も基本的には無関心だ。言葉でなく、行動という側面から見ると、米国と韓国が上手くやれば何とかなると、そういう雰囲気だ。
洪 日本は対北問題で核、ミサイル、拉致を3点セットと言うが、拉致以外の核とミサイル問題はどうか。
佐藤 日本は自国製のハイテク部品でミサイルが組み立てられ、日本から輸出された機材で核兵器が開発されているという自覚がない。企業も政府も、官僚も自覚していない。朝鮮総連の「学習組」や「科協」に対して措置を取れと警告してきたが無反応だった。北が核実験をして日本国民の意識が大きく変わり、政府も法的対応に出るようになった。日本が最初から対応していたら、北の核はなかったかもしれない。総連組織にも法的措置が取れたはずだ。やるべきことをやらなかったのは日本自身。だから、日本は米国に対して文句を言う資格がない。