『半島へ、ふたたび』蓮池薫著

小倉紀蔵書評=初めてのソウル こどものように感受性のかたまりとなって街へ
日付: 2009年07月22日 00時00分

 蓮池薫氏が初めて韓国を訪れたときの記録が前半。後半は、韓国語の実力を活かして翻訳者となった経緯の記録である。
 波瀾万丈といってもよい人生を歩んできた(歩まされてきた)蓮池氏であれば、自分の人生を劇的に、あるいは少なくとも溢れる感情をこめて、語ってもよいはずである。読者もまたそういうこぶしのはいった文を読みたいだろうと蓮池氏が考えても、よいはずである。しかし、そういうことは決してしない。おそらく蓮池氏の人柄そのものなのだろうが、どこまでも飄々として乾いた文体なのだ。
 それは彼の、自己を客観化する特別な視点によって支えられているようだ。行為をしている自分を外から眺めているもうひとりの自分が必ずいる。飛行機の窓から初めて見る韓国の大地。うれしい思いが湧き上がるだろうという予想ははずれた。体に刻みこまれていた北朝鮮でのおぞましい24年間の歳月が、瞬間的に甦り、背筋にヒヤリとしたものが走る。自分の感情を支配するもうひとりの自分がいるのだ。それは、平壌から東京に戻った最初の夜に赤坂のホテルから見た夜景が「夢」のように明るかった、というエピソードにも表れる。荘子の逸話にあるように、夢から醒めた自分が、はたして今をうつつと考えるのか、あるいは逆に今が夢なのか。おそらく、そういう感覚に近いものを蓮池氏は持っているのだ。
 その蓮池氏がこどものように感受性のかたまりとなってソウルの街を歩く。歩きながら少しずつ、自分の感情を外から支配するもうひとりの自分を忘れていく様子が、手に取るようにわかる。韓国の人びとやその営みに対する視線はやさしく、敬意がこもっている。
 自分を拉致した人びとと同じ民族であることを意識しつつも、韓国と韓国人に彼はおそらく、癒やされていったのだ。著名な作家である孔枝泳、金薫、パク・ヒョンウクとソウルで会い、酒を酌み交わし、話の花を咲かせる彼は、かぎりなく幸せそうだ。それは、拉致されて否応なく習得した韓国語の実力を使って、日本で翻訳家として華麗なデビュー(とはいいながらその舞台裏はてんやわんやだった。この描写がとてつもなくおもしろい!)を果たした彼が、おそらくは「自分は自分である」という感覚を取り戻せた時間だったのだろう。
 夢を追い求めることができるありがたさ、大きなチャレンジをすることのよろこび、彼が翻訳の仕事を通してそういうものを得たのは、日本と北朝鮮の中間に位置する韓国を媒介としてであった、ということが大きな意味を持っている気がする。
 (おぐら きぞう  京都大学大学院准教授)


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