「日本の原発51基をミサイル攻撃すれば」

06年核実験に対する朝鮮労働党内部講演録音(日本関連部分)
日付: 2009年06月12日 02時53分

張ヨンスン(朝鮮労働党中央党副部長)

(*脱北者たちが運営する自由北韓放送(www.fnkradio.com)は、第1次核実験後、金正日の特別指示で党幹部らを対象に行われたという講演の録音テープを入手した。講演は2006年12月以降で、この内容は日本に関する部分を抜粋したものである。)

ブッシュが大統領の椅子に座るや否や、それまで進行した「朝・米会談」も打ち壊したではありませんか? 2002年10月3日、ケリー(James Kelly)が来る時も、我々はブッシュがぶっ壊した「朝・米会談」の再開か、何かの意見を提起すると期待したのです。ところが、ケリーは我々を威嚇し始めました。何と言ったのか。彼らとの朝米関係が改善されないと、今我々と良くなりつつある南北関係、朝日関係も全部破綻させる、こういう形で威嚇したということです。

それで、対座していたわが外務省の副相が、あまりにも腹立って、「オイ、核兵器がお前らだけが持てるものか、我々も持つ権限がある、出て行け!」と追っ払ったのです。これもわが外務省の副相が自分の考えで言ったものではありません。偉大な将軍様が、わが外務省副相に、なぜアメリカのやつらに(我々が)核兵器がないと度々言うのか。アメリカの奴らに核兵器がないと言うのは真実を教えてやることではないか。どうしてアメリカの奴らに真実を教えてやるのか。いっそ我々も持てると言ってやれ。こういう意味のお言葉を下さったのです。それで、わが外務省の副相が図太く、核兵器とはお前らのみが持てるものか。我々も持てる。出て行け。その上に自分の意見を付け加え、それ(核)よりもっと強力な武器も我々は持つ権限ある。出て行け!と言って追っ払ったのです。
 
ケリーは、10日間一言も言えずじっとしていて、十一日目の10月17日、北朝鮮が核を開発したと認めた、とその時嘘をついたのです。なぜ嘘をついたのか。我々の周りの国々が、我々が強くなるのを望みません。だから、我々が核を開発したと認めた、と嘘をついておけば、我々の周辺の国々が一斉に我々に悪態口を浴びせるだろうと思ったということです。ところが、我々の周辺の国々が一斉に、米国に騒ぎ始めたのです。なぜか、これから情勢が悪化し戦争が勃発する場合、自らの屋根に先に火が付くから,,,
 
これがどういう意味か。仮に、アメリカの奴らがこれから情勢を悪化させ、第2の朝鮮戦争が起きれば、我々は、米国本土、日本本土、南朝鮮を同時に打撃します。打撃できる力があるのか? いくらでもあります。米国の本土を打撃するには13,000キロあればできます。13,000キロ!(我々が)衛星を発射した。これでは十二回も打撃してもあまります。
 
偉大な将軍様が、米帝国主義者などの侵略策動を看破され、「苦難の行軍」の時、「先軍政治」で、先軍政治をされながら、我々の核科学者たちを自ら育成されました。わが核科学者たちは、将軍様が育成された30代、40代の青年科学者たちです。わがロケット発射基地が、東海岸の海辺に添って少し上がれば咸北道花台郡の舞水端里に我々のロケット発射基地があります。
 
(その基地は)何度も火の海がなったことがあります。そのたび、科学者らは慌てて途方に暮れ、将軍様は大丈夫だから続けろと。率直に申し上げると、ロケット一発を開発するためには、あの「金策製鉄連合企業所」のような大きな工場を、およそ50個を売ってもその金額を補填できないほど、それくらいの多くのお金が掛かります。そのため将軍様が「苦難の行軍」の時、胸の痛いお言葉も下さったことがあります。「工場は回らず、人民たちが飢えているのを彼自身がよくご存知ながらも、お金がちょっと入ると、ここに全部注ぎ込んだと...こうやったから我々が奴らにやられなかった、そうでなかったら、すでにかなり前に奴らに押されたはずだと、わが人民たちはこれを理解する時が必ずあると,,」このように胸の痛いお言葉を下さったことがあります。
 
ついに、わが科学者たちがロケットを開発しました。去る(2006年の)7月5日の明け方の4時、7発のミサイルを一挙に発射したのを含めて、我々は4度も発射試験しました。一番初めに550キロを発射したのです。この通信(情報)には日本の下駄らがちょっと早いです。この野郎らが潜水艦で近づいてこっそりと観察して、その時何と報道しまくったのか。「朝鮮民主主義人民共和国」がロケットの発射試験をした。550キロを撃った。目標を正確に打撃した。そして何と言ったのか。半径をそのまま東に回せば、日本、大阪を打撃できると報道したのです。
 
その次、今度は将軍様がより射程距離の長いロケットを開発せよ。1,000km、3,000kmをわが科学者たちがまた取組んで開発しました。二番目の発射試験の時、日本チョッパリたちの頭越しに、わが国から3,000km離れているグアム島、6,000km離れているそこのハワイ、これと同じ距離の公海上に、太平洋上に、3,000km、6,000kmの二発を発射したのです。その時まで日本チョッパリらは、自分たちの頭越しに我々が試験発射したロケット二発が飛んで行ったのも知らずにいました。米国の奴らが教えてやったのです。
 
「オイ、お前らの頭越しに共和国の試験発射したロケット二発が飛んで行った」と。その時、日本の奴らが何と言ったのかご存知ですか。私たちの探知機が故障していた。そう言いながら、これは意地悪さが、粉を炒める日に風が強く吹いたのと同じ現象だ、と報道したのです。今度このようにして開発された運搬ロケット三個を連結して衛星を付けて、1998年8月31日の12時07分に衛星を打ち上げたのです。ここの先生たちは皆ご存知でしょうが、三個のロケットには、9個の「高速機関」が入っています。1個当り3ヶずつ。この高速機関は、発射すると秒当たり8km速度で飛んで行く高速機関です。
 
秒速8km、3,500度の熱にも耐えるこういう高速機関ではありませんか。見て下さい。我々が何かを作れないため作らなかったのではないでありませんか。今でも我々ちはロケット工業をはじめとする軍需工場を、人民のほうへ回せば、甚大な経済強国になります。しかし、そうはできないということです。なぜ、米国野郎が我々を食おうという条件では、軍需工場を人民のほうに回すわけには行かないということです。それで、私たちがしきりに品銭(品物とお金)を節約し腰のベルトをきつくしめようということです。
 
ここに歳を老いた先生たち、あの人が正気なのか。戦争直後から「品銭」を節約し、腰のベルトをきつく締めろと言って、もうこれ以上締められベルトの穴もない。いったいどこまで締めろというのか。私が、ここの先生たちに明白に申し上げられることは、祖国が統一される日まで締めよう、(ベルトに)穴がなければ突き開けながらでも...
 
結局、この思想が何ですか? わが将軍様が、今日のための今日を生きず、明日のための今日を生きよう、われわれの現世代の基本任務は何でしょうか? 必ずや統一された祖国を後代に譲ってあげることではありませんかか。見て下さい。我々が良い暮らしをしたくなくて、しないではないということです。誰のせいなのか。米帝国主義者らのためだということです。そう、我々が米帝国主義者らは我々と一つの空の下では生きられない、不倶戴天の敵だ、こう言うことです。
 
その上に、我々のミサイルはどの奴も迎撃できません。今、アメリカのミサイル専門家という人々が何を言っているのか分かりますか? ミサイルを迎撃する方法は三つある。一つはミサイルが発射される前に発射基地を叩き壊すことだ。二番目の方法は、発射されたミサイルが水平飛行する時叩くことだが、これは技術的に不可能だ。弾丸が弾丸をどう叩けるか。これは技術的に不可能だ。三番目の方法は、ミサイルが目標に向かって下降する時、向い撃つことだが、これは技術的に可能だ。だが、ミサイルが地面に落ちて被害を被るか頭のてっぺんでさく烈して被害を被るか、被害を被るのは同じでないか。これも迎撃と言えるのか。こう言っています。絶対に迎撃できません。これを米国の地に落とせば良いのです。
 
そうですから、米国の巷に、人々の中に、わが共和国のロケット・アレルギーにぴったり罹っているということです。我々がロケット発射の試験したニュースを聞くだけで、角度がずれて彼らに飛んできて爆発して死ぬかと心配したあまり、なかった神経痛が生じ、全身にじんましんが出て、今アメリカの巷がそうです。小さな子供もアン、と泣くのをなだめてみて最後の方法が、オイ、そう泣いたら、共和国からロケットが飛んでくる。そうしてこそ、泣いた子供も恐くて泣くのをぴたりと止むということです。
 
日本のチョッパリらを見ましょう。北海道、本州、四国、九州の島の塊りではありませんか。あれは北海道から九州の南端までの日本全域を打撃するには、1,500kmあれば充分です。率直に申し上げると、我々は1,500kmまで飛ぶロケットは、坑道(トンネル)の中に系列生産されています。その上、日本チョッパリらは、土地も狭いのに、原子力発電所がちょっと多いです。51個あります。今、我々が、ロケット一発で日本の原子力発電所一つを打っ壊した時、2次大戦の時、広島に落ち20万も殺した原子爆弾の破裂の320倍の破裂が出ます。原子炉一つが壊れた時。狭い日本の地に50個の原子炉を我々が打っ壊した、と想像してみて下さい。どれくらいの破裂が出て、どんな現象が起きるだろうかを。
 
万一、日本チョッパリらが補償もせず、あのように悪く居直り続けたら、我々は地球上から日本という国を跡もなく消せます。だから、日本チョッパリらが、わがミサイルやロケットを見て喚きたてるのです。
 
分界線(休戦ライン)に配置されている一万門あまりの砲。今アメリカの奴らが何と言うのかご存知ですか?30分で、南朝鮮の全域を灰の粉にするということです。1時間の間に、彼らのほうへ50万発の砲弾が飛んでくるといいます。50万発! もう一度申し上げますが、アメリカの奴らが情勢を悪化させ、第2の朝鮮戦争が勃発する場合、我々は米国本土、日本本土、南朝鮮を容赦なく同時に打撃をするのです。だから、我々の周辺の国々が(彼らの)屋根の上に火が先に付くではありませんか? そのため、我々の周辺の国々が一斉に、アメリカに喚き立てたのです。オイ、共和国がいつ核を開発したと認めたのか。持つ権限があると言っただけを、お前らはなぜ嘘をついて、我々の屋根に先に火が付くようにするのか、と騒ぎ立てたのです。
 
本来、アメリカの奴らが嘘を付いたことで、そういう形に周辺の国々から我々を孤立させようとしたが、彼らが孤立したのではありませんか? だから、この奴らが困って、2003年の4月9日、国連の安全保障理事会で北朝鮮の核問題討論しよう、と国連に持って行ったのです。それで、4月6日、わが外務省の代弁人声明で、その時、糺したのではありませんかか? お前ら国連というものが、われわれの核問題を置いて決議案というものを紙の上に何文字かを書いて見ろ!。我々は、我々に対する宣戦布告と見做して相応する対応対策を取ると闡明しておいたということです。4月9日、国連の安全保障理事会が開かれました。
 
ここ、常任理事国は5個国あるではありませんか。これは皆さんがご存知のように、「一時可決」(満場一致)の原則でありませんか。我々が、2003年4月に、労働新聞に米国ともう一つの国だけが反対した、こう表現しておきました。少なくないわが人民たちが、これは名前を書かなかったのを見ると、ひょっとして中国ではないか、こういう考えがあったそうですが、実は、それが中国でなく英国だったということです。

ところが、なぜ、英国という名を書かなかったのか。我々は「主な敵」であるアメリカの奴だけを孤立させれば良いということです。それで、我々がアメリカともう一つの国と、こう表現しておいたら、その時英国の人々が我々に何と言ったと思いますか。自分の名を書かなかったと、これ本当にありがとうございます、すみません。こう言ったのです。


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