盧武鉉前大統領の死と責任

日付: 2009年06月03日 00時00分

 5月23日、第16代大統領、盧武鉉氏が「だれも恨むな。運命だ」との言葉を残して自ら命を絶った。
 盧武鉉前大統領は解放後生まれた初めての韓国大統領だった。苦学力行の人であり、カトリック教徒であった。非常な率直さで所信を語り、タブーを排して韓国政界と東アジアの国際政治を駆けた。生来の勝負師と評され、「クリーン政治」「地域主義打破」「和合祖国」を掲げて韓国政治のタブーに挑戦した「ノ・ムヒョンのユートピア」は国民に託された。
 盧前大統領は金大中大統領の後、何よりも太陽政策の継承者として対北朝鮮融和政策を推し進めた。国内的には「和合と統合」を強調して過去史の真実究明と和解を推進した。
 不正資金疑惑が親族のまわりで、また権力の周辺で前大統領を追い詰めたとしても、自裁という形で盧前大統領が世を去るとは誰が予想したであろう。むしろ不正疑惑に敢然と反駁し、理路整然と釈明する姿を誰もが想像したはずだ。「もう盧武鉉はみなさんが追求しようとする価値の対象になれない」とホームページに綴ったが、それはにわかには信じられない言葉だった。
 前大統領が飛び降りた烽下村の岩山は子どもの頃から慣れ親しんだ場所だったであろう。その岩山を飛び降りるとは、その直情径行を悔やむべきか。政治闘争の現実のなかで率直さとタブーを恐れぬ精神こそ民主主義の貴重な資産であることを示したその死が悼まれる。しかし、盧武鉉氏は前職大統領であり、同時に刑事被疑者の立場にあった。
 大統領経験者の自決は韓国大統領の受難史で最悪の悲劇といえよう。遺された言葉は飾らず心境を語っている。
 しかし、主権者から国の運命を託された最高権力者として自ら命を絶つことは許されるだろうかという問題が残る。前大統領には主権者の疑問に答える責務が残されているのではなかったか。
 盧前大統領は10年に及ぶ親北政権の後半期を務めた。2000年の6・15共同宣言に続く2007年の10・4宣言を軸とした太陽政策の継承は南北関係の危険をともなう大きな実験だった。それに並行して10年間に韓国国内で行われた和合・融和政策も実験続きだった。国家的法益に関する裁判所の確定判決を行政権が事実上変更を加えた、真実と和解のための過去史整理委員会の民主化運動復権作業はその典型的なものだ。東アジアのバランサーという概念、米国の核の傘返上発言、戦時作戦統制権の返還など外交上の最大級のタブーにも手をつけた。
 自死の帰結として前大統領が答えるべき課題が残された。金大中政権からの権力継承の実際、北朝鮮の連邦制の具体化と評される10・4宣言締結の経緯、米国の核の傘返上の意図、そして退任間際に浮上した不正資金疑惑、国家機密に関わる大統領府サーバ「e智園」持ち出しの動機と真相。主権者から国政の委任を受けた立場としてこのような問題に答える民主主義的責務が前大統領にはあった。
 歴代韓国大統領で不正を問われた大統領はみな法の裁きを受けている。
 不正選挙と李起鵬副大統領の不正を問われ、1960年4月革命で下野した李承晩大統領はハワイへ旅立った。朴正熙大統領暗殺の悲劇の後、全斗煥大統領は利権介入と秘密資金疑惑によって私財を国庫に献納し山寺に籠もった。その後96年には粛軍クーデター、光州事件などで逮捕され死刑宣告を受けた(後に特赦)。盧泰愚大統領も巨額の秘密資金疑惑で裁きを受け、粛軍クーデター、光州事件でも追及されて軍刑法違反として懲役刑となった(後、特赦)。金泳三大統領と金大中大統領も子息が不正疑惑で裁きを受けている。不正疑惑が提起された以上、国民の疑問に答え、法の裁きを受けることは最低限のルールだ。
 「情」に押され李明博政権が盧前大統領の国民葬を挙行したのは「危機」に処する原則を見失い、韓国の常識の麻痺を露呈したものだ。5%未満の親北活動勢力を恐れ、95%の国民を無視する国民葬の決定に、臨時国務会議での反対は1人もなかったという事実は、法と原則に対する李明博政権の理念的確信の欠如を示すものだ。ポピュリズムに迎合し危機を回避する政権に替わり民主主義勢力が政権を担当する道しか残されていない。
北は挑発をやめ核兵器を放棄せよ
 北朝鮮は中距離ミサイル発射と2回目の地下核実験を正当化するため、制裁決議をなした国連安保理に「小国の自主・自衛権論争」を仕掛け、「安保理の敵対行為は停戦協定の破棄になる」と対決をエスカレートさせている。朝鮮戦争で南北と参戦国が払った多大な犠牲の上に締結された休戦協定を破棄するかのような言動はまかりならない。
 大量破壊兵器拡散を防止するPSIへの全面参加を決定した韓国に対して、北人民軍板門店代表部と祖国平和統一委員会は「PSI全面参加は宣戦布告とみなし、戦時に相応する措置を取る」と声明まで発表した。これは同じ民族に対する威嚇であり恫喝であって黙過できない。民主主義平和主義国家として歩む韓国には非核国家として取るべき進路がある。「核不拡散体制やミサイル規制の外にある」と強弁する無責任な北の軍事化路線を容認するわけにはいかない。
 北朝鮮当局が起こしている国際摩擦は、「核保有国」として大国の認知を受け、「核軍縮」交渉を通して米国と国交樹立を図ろうとする北当局の軍事外交戦略から起きていることは公知のことだ。北当局の言い分でいけば、世界中の国が「自主権擁護のため核武装する」ことになりかねない。
 北朝鮮当局の挑発に対しては、戦時作戦統制権返還の保留を含めた韓国の実効的な防衛体制の模索も必要だ。韓日間においても経済分野にとどまらず軍事的側面における新たな対応策を検討していくことが迫られている。
 国家間の信義と取り決めと平和な国際関係で世界が動いている。北当局は核武装を放棄し、韓国に対する挑発をただちに中止すべきである。


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