のろけにきたわけかというと、そんな様子も岡田の顔にはうかがえない。照れ臭そうな笑いを湛(たた)えているけれども、彼の表情は真面目である。
「高校三年のとき同じクラスだった人です。週に一度は手紙をくれます」
岡田は嬉しそうにいう。自分に対する、由理とかいろ手紙の女性の愛情の濃(こま)やかさに感動しているふうである。つまり、岡田は、その感動を隣室の自分に分けにきたわけだ。滑稽さというより、邪気のない純粋さ、率直さを祥一は岡田に感じた。
「恋人ですか」
「ええ。いずれ結婚するつもりでいます」
祥一は洋子を連想せずにいられなかった。祥一と洋子の場合と同じく、岡田とその恋人も高校時代の同級生だったわけだが、自分と洋子の関係の形の曖昧さにくらべ、岡田と由理とかいう彼の恋人の関係の形は、何とはっきりしていることだろう。初対面の自分にラブレターを見せにきた岡田を笑う気持にはなれなかった。彼はむしろ真剣なものを感じた。洋子に対してそういう真剣な感情を持ちえないでいる自分が顧みられた。表面にこそ出さないものの、洋子は、内心、それを寂しく思っているのではないだろうか・・・。
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あの晩の岡田に、祥一は、無邪気で愛すべき率直さを感じたものだが、伊吹にはそれが単純さにしか見えないのだろうか。最初、彼は、伊吹と岡田は親友同士かと思ったが、どうやらそうでもないらしかった。伊吹は心の中で岡田に対して軽侮の感情を抱いているようであり、そして岡田の方では、伊吹に肌の合わないものを感じている様子である。
伊吹の言葉のごとく、たしかに岡田は単純といえば単純である。岡田にくらべれば伊吹ははるかに複雑な人間である。だが、その複雑さの内容がわからない。知り合ってまだ三週間しか経っていないせいもあるだろうが、どうもよくわからない。
しかし、「変人」という点ではお互いに共通しているのではないか、という思いが祥一の胸をかすめる。伊吹が変わった学生であるとは当初からわかったが、岡田もまた別の意味で変わっている、と彼は、ついいましがた碁会所で真剣な顔つきで碁を打っていた岡田を思い浮かべながら考える。
母一人子一人の家庭であるからには、彼の母は、彼の将来に大きな期待と希望を抱いているはずだ。なのに彼は、母親どころか、彼が早く卒業して結婚できるのを楽しみにしているに違いない恋人のことも忘れているかのように、碁に心を奪われ、大学ではなく碁会所に毎日のように通っている。碁から抜け切れず、来春も単位不足になったら、退学処分に附される。その辺について彼は何も心配していないかのようである。伊吹とは違った意味で、岡田もまた変わっているとしか思えない。一年だけ留年する学生はよくいるが、碁に原因しての二年続きの留年というのは、とにかく普通ではない。
では自分はどうなのか-茜色に燃えている遠くの空を見つめ、リバーの方に歩きつつ、祥一はこんどは自分を振り返る。志望した専門課程に進級できたのに、明瞭な理由もなく留年に踏み切ったこと自体、これもまた変わっているとしかいいようがないではないか。悲しみとまではいかないにしても、留年することにした自分に父母が不審と心配の念を抱いているに違いないのは、自分の場合だって同じではないか。自分はどこに行こうとしているのか、それすら自分自身わかっていないではないか。
青春時代の迷いというものだろうか。少なくとも、祥一には、青春の晴れがましさといったものは微塵(みじん)も感じられなかった。性欲が重苦しいごとく、青春も彼には重苦しく鬱陶しいものでしかなかった。早くこの時代が通りすぎてくれればいいとさえ思っていた。
1984年7月24日4面掲載