「手伝いましょう」
と岡田は荷物の運び入れを手伝ってくれさえした。
難儀したのは机の運び入れだった。机が少し大きいために、玄関のドアさえ通らないのである。
「窓から入れるしかないね」
四十年配の運送屋の男は二階の窓を見上げながらいった。
「窓からって……どうやって窓まで上げるんです?」
「ロープでゆわえて、引き上げるんですよ」
そういって、男はトランクからロープを持ってき、机の抽出しをすべて抜いてから、慣れた手つきで机にロープをゆわえはじめた。そのとき、すぐ前の部屋のガラス窓が開き、カラーのない、ホックも外したままの学生服を身につけた学生が顔をのぞかせた。
それがA号室の伊吹だった。岡田と違って、蒼白(あおじろ)い顔をした陰気な感じの男だった。
「お騒がせします」
と祥一は声をかけた。
「いや」
とだけ伊吹は応えた。だが彼はゴム草履をつっかけて外に出てきた。
「窓から机を入れるんですか」
「玄関からは入らないんですよ」
「たいへんですね。俺のときも、窓から入れました。一階だから何でもなかったけれど、二階だからねえ」
と彼はG号室の窓を見上げた。祥一や岡田は自分のことを「ぼく」というのだが、伊吹は「俺」としかいわない。
「誰か二階に行ってくれませんか。それからあの窓を両方とも外して下さい」
机をゆわえ終えると運送屋がいった。祥一と岡田が二階に行った。ガラス窓を外すと、運送屋がロープの端を投げて寄こした。
「引っ張って下さい」
祥一はロープを引っ張った。岡田もロープをつかみ、一緒に引っ張ってくれた。机が地面を離れた。そのとき、伊吹が自分の部屋の窓の敷居に立ち、机が壁に触れずに二階に届くよう、机を少し前方に押しやりながら持ち上げるのを手伝ってくれたのである。
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こうして机も無事部屋に収まり、荷物の搬入は済んだ。運送屋の男は机に巻いたロープを解いて丸め、
「このあたりには、まだ結構畑があるんだねえ」
などといって、書類に祥一の印鑑を求め、「ご苦労さんでした」という祥一の言葉を背にしてトラックに戻り、走り去って行った。
トラックを見送ったあと、祥一は玄関先に立ったままでいる岡田と伊吹に、
「どうもありがとう。おかげで助かりました」
と礼を述べた。
「どこから引越されてきたんですか」
岡田がきいた。
「湯島からです」
「そうしますと、通っておられる大学は……」
「T大学です」
「そうですが。ここに住んでいる者は、ほとんどがT大学の学生です」
岡田はそういってから、
「それなら湯島の方が通学にずっと便利じゃないですか」
と怪訝(けげん)そうな顔をした。
「留年することにしたもんでね、いまは大学には行ってないんですよ」
祥一は率直にいった。すると岡田はケラケラと大きな笑い声を立てた。
第3193号 1984年7月6日(金曜日) 4面掲載