円光大学教授 李柱天
昨年12月19日、530万票差の圧倒的勝利でハンナラ党李明博候補は大統領に当選した。
しかし、新政権発足直後、米国産牛肉の輸入再開決定をしたことで、支持率は20%台に急落。支持率は最近回復の兆しを見せているが、就任から半年間でこれほどの支持率が上下した大統領は過去にいなかった。
李政権は、昨年の大統領選挙と4月の総選挙で国民が何を期待しているのか、見極められなかった。青瓦台(大統領府)と官僚の人事では、支持基盤だった保守派の期待を裏切り、論功行賞に偏った人事を行った。大統領選で党内予備選を戦った朴槿惠派の人物を登用することはなく、ハンナラ党を“李明博党”にするかのごとく、強引かつ秘密裏に人事を行った。
反李明博勢力と親北朝鮮派はこれにつけ入り、牛肉輸入反対を反政府デモに結び付けた。一部の経済活動はデモで完全に滞り、経済悪化を招いた。支持率悪化は悪循環に陥った。
李大統領は、韓国政治の特殊な構造の中にいた。90年代、どの政党も民主化運動経験者をこぞって党内に迎え入れた。彼らはその後20年間、議員や秘書として政界に根付き、いまや各政党の幹部クラスになった。彼らは「親北反米」から「親北親米」に路線変更した人物だった。李大統領は、親北派も支持者になりうると勘違いしたと見ていい。
ハンナラ党に、支持率が急落した李大統領を支える人物はいない。親北派が政権を握っていた10年間、親北派と真剣に対峙したハンナラ党議員はごく少数にすぎない。李大統領も、ソウル市長時代から今まで、一度も親北派と戦ったことはない。
李政権の対北政策は「非核・開放・3000」だ。北朝鮮が非核化し、国際社会に復帰すれば、1人当たりの国民所得が年間3000ドルになるように支援するという内容だ。支援に条件をつけている点で、前政権との違いは鮮明だ。北朝鮮はそこに不満を抱いた。
北朝鮮は、金剛山で韓国人観光客を射殺する事件を起こし、韓国に揺さぶりをかけた。韓国では10年ぶりの保守政権が最初の国会を開こうとしているときであり、北朝鮮では韓国の対北支援中断に対する不満が高まっていた時期だった。
事件は、北朝鮮軍部と対南工作部署の間で権力争いが起き、軍部が暴走した結果起こったという見方もある。
統一部関係者は、数年間にわたって対南交渉を担当していた200人あまりの北朝鮮当局関係者が、突然担当を外されたという。北朝鮮軍のタカ派が対南部署から実権を奪い、住民統制を強化するために観光客を射殺したとも考えられる。「先軍政治」を掲げ、軍を掌握することで権力を維持している金正日としては、軍の肩を持つしかない状況だ。
金正日が対南姿勢を強められるのは、周辺国が北朝鮮に譲歩を見せはじめているのと無関係ではない。
テロ国家指定の解除をめぐり、今は状況が硬直しているとはいえ、米国とは以前よりも良好な関係を築いているといっていい。日本との関係も同様だ。日米両国から、少なくとも関係を改善したいというサインは出ている。
韓国内の反米・親北勢力も、金正日にとって心強い味方だ。キャンドルデモの風景を見た金正日は、「いつでも韓国を混乱に陥れることができる」と、自信を深めたに違いない。
韓国政府は、今こそ対北支援や対北観光事業を一時中断し、忍耐心を持って事態を見守らなければならない。
イ・ジュチョン 53年、韓国・釜山生まれ。高麗大学史学科で韓国近現代史と米国現代史を学び、米国に留学。冷戦に関する研究を行う。現在、韓国・円光大学人文学部教授。