今年(2025年)5月15日、韓国の清州地裁による旧日本軍の慰安婦被害者に対する日本政府の賠償責任を認めた判決(3件目)が確定しました。被告の日本政府が控訴状を提出しなかったためです。日本政府は、このような裁判を韓国で起こされても国家の行為は他国の裁判所で裁かれないという国際慣習法上の「主権免除」の原則があるとして何の対応もしないのです。
すでに本稿46で指摘したように、日本国が1965年の日韓請求権協定で「解決済み」としたのは、国家の権利だけなのです。個人の権利(財産権)は、この協定では「解決」していないので、日本政府は特に法律を作り、日本にいる韓国人の財産権を消滅させた(昭和40年法律第144号)のです。
つまり、韓国人の日本国または日本人・法人に対する請求権(例えば郵便貯金や銀行預金)は65年6月22日に遡って「消滅したものとする」と特別に定めたのです。しかし、この日本国内の法律は韓国内にいる韓国人の財産権(例えば慰安婦による損害賠償請求権)には影響は及ばないので、韓国人による日本政府または日本人・法人に対する韓国内での裁判提起は当然可能なのです。
日本政府は上記の「主権免除」の考え方で勝てると思ったのか、韓国での裁判に何の対応もせず、上記のように放置しています。この「主権免除」の考え方も最近では国際的に変化があります(本稿29)。ギリシャやイタリアでは、ナチス・ドイツの虐殺などの戦争犯罪には主権免除の適用はないとしています。日本の裁判所でも、北朝鮮への帰国事業訴訟では北朝鮮は未承認国なので主権免除の原則は及ばないとしました。
このように重大な人権侵害がある場合、この原則は否定されるのです。すなわち日本政府は元従軍慰安婦に対する不法行為の存否について、回答しなければ本件の如く敗訴判決を受けることになります。韓国国内に日本国の財産があればこれを差押えられることになりますが、そんなことになるのは国家の恥です。日本政府はこの問題を放置するのではなく、法廷での争いのほか、外交上の交渉による解決に向き合うべきです。
これは韓国とだけの問題ではありません。北朝鮮や台湾・サハリンでは前号で指摘したサンフランシスコ平和条約第4条の特別取極が全く出来ていないので、日本の賠償義務があるのです。この国際法上の義務は消滅時効の適用がありません。いつまで経っても日本国の義務が残るのです。少なくとも北朝鮮とは上記の「特別取極」だけでなく、日朝国交正常化のためにも、なるべく早く外交交渉に入るべきだと思います。これは日本の条約上の義務の履行であるため、北朝鮮の拉致問題や核ミサイル問題の存在は理由にはなりません。
日本国憲法の前文には「国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」とあります。上記の「特別取極」でさえ、これを実行できない国は決して「国際社会において名誉ある地位」を占めることはできないことは明らかです。これらを実行して、初めて日本は「戦後」が終わったと発言できるのではないでしょうか。
以上は私の持論ですが、不思議なことに誰も反論してこないのです。サハリンの郵便貯金の裁判で被告となった外務省は「特別取極」の実行違反(怠慢)について、外交上の裁判であり、怠慢と言われる筋合はないかのように述べていました。しかしそれでもサンフランシスコ平和条約の後、70年も経ったのに国際約束を実行しないのは弁解になりません。この問題は重要なことですので、今後とも繰り返し発信していきたいと考えています。 |