”月の街”という意味のタルトンネは、情趣的な言葉だが、貧民街の象徴的な存在とされる。丘陵が多いソウルなどの都市で、朝鮮戦争の避難民や地方出身者らにより、斜面に形成された街だ。2000年代半ばからの環境改善の取り組みにより、家々に壁画が施されたところもあり、観光客にも有名な場所は、東大門から城郭が続く駱山の麓の梨花洞壁画村だ。
しかし、そうした街のすべてに壁画が施されているわけではない。ソウル最後のタルトンネといわれる蘆原区のペクサマウル、そして板子村と呼ばれるバラック村としては、江南区にある九龍マウルもそのひとつで、潰れかかった家々が立ち並び、見るからにスラム街といえる雰囲気だ。冠岳区の奉天洞にもかつては大規模なタルトンネが広がっており、1990年代の再開発によって、現在は高層アパートさえも見られるほどの大きな変化を遂げた。タルトンネや板子村などの「貧者村」は徐々に再開発が進められているのも事実だ。
一方で東京23区の中では平均年収が最も低い足立区が”スラム街”と噂されるが、全国的には高いほうで、街並みを見る限りではソウルのそうした街には全く及ばない。東京の街並みは格差が平準化されているのか、露骨な貧富の差は見られない。たしかに区内のとある街に足を踏み入れると、一部の人の服装のラフさ加減や、独特の空気感からガラの悪さを感じ取れることは否定しない。そんな世間的なイメージの悪さを逆手にとって、2024年にはついに行政が「ワケあり区、足立区。」と謳い、その「ワケ」に良好なイメージを内包させたプロモーションを始めたほどだ。区内でも駅前に百貨店や大学のキャンパスがある北千住は近年、住みたい街ランキングで注目度が高まっている。区名のイメージの低さが、かえって手頃な穴場感を生み出している。
ソウル市内で治安の悪さで指折りの存在なのが、冠岳区の新林洞だ。ソウル大学校がある街であり、家賃の安さもあり、ワンルームなどで暮らす学生や若手の社会人が多い地域だ。地下鉄2号線新林駅付近の繁華街は喫煙者が多く、どこの街よりも煙がもくもくとしている印象だ。ソウル大学校付近は、ゆるやかな斜面が続いているが、その登山道での性暴行事件や、一人暮らしの女性を狙った事件も数多く報道されている。22年夏には半地下物件が豪雨で水没し、死者が出るという痛ましい事件もあった。
また日雇い労働者などホームレスがとどまる簡易宿泊施設が多い街は俗に「ドヤ街」と呼ばれるが、東京であれば台東区の山谷で、1泊2000円台の安宿が多い街だ。ソウルでは家賃を払う形態で、2畳程度の部屋が集まるチョッパン村が永登浦や鍾路区の敦義洞などにあるが、それと同様に部屋が狭い、学生向けの考試院にも高齢の人たちが暮らす。
韓国では物乞いをするホームレスをよく見かける。ソウル駅の地下通路などでそうした姿を見かけるが、コロナ禍ではついに東京でも物乞いをするホームレスが街に現れていた。そして昨今では新宿・職安通り近くの大久保公園のまわりは、夜になると街娼たちであふれている。約10年前の大久保界隈には外国人がちらほらと見られる程度だったが、近頃は日本の若い女性ばかりだ。ホストクラブでの遊興費を稼ぐ目的といわれるが、将来に希望が持てず、社会に閉塞感が漂っているためだろう。
韓国では市民たちはお祭り騒ぎのデモを行って政治に声を届かせようとする一方、日本は比較的静かだが、数年前までの長期政権下では東京でもデモが増えていた。最近では増税に苦しむ市民が、財務省解体デモを起こす動きまで出てきた。成熟した両都市で暮らす住民に、明るい未来があることを願いたい。
 | | ソウル最後のタルトンネといわれるペクサマウルの街並み
 | | 簡易宿泊所が軒を連ねる東京の山谷地域 |