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最終更新日: 2025-02-18 12:39:51
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2025年02月18日 12:39
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東アジア文字考~漢字を巡る遥かなる旅 第21回 水間一太朗
「医は仁術なり」

『仁』と『医』

現在も再放送が続く人気テレビドラマに『JIN仁』がある。現代から幕末にタイムスリップした医師、南方仁の活躍を描く。タイトルの通り『仁』がテーマだ。世界的なヒットとなって韓国ではリメイク版が複数制作された。村上もとかの原作は累計発行部数一千万部を超え、今も世界各国で翻訳が出ている。
二〇〇九年と二〇一一年に制作されたこの作品が、十年を経て再び注目を集めるようになった。そのきっかけはコロナ禍の到来であった。感染病コロリ(コレラ)と戦い、新薬ペニシリンの普及に邁進する姿が人々の心を打ったのだ。そして「神は超えられる試練しか与えない」というメッセージが打ちひしがれた人々を励ました。
 原作の村上もとかは、連載を開始するに当たって専門家に監修を依頼した。担当したのは、医学史が順天堂大学の酒井シヅ、先端医療は杏林大学の冨田泰彦であった。この真実の描写が、人気をさらに後押しした。
順天堂大学と杏林大学の名称はともに故事に由来する。
「順天」とは、『易経』(大有卦)などに出る語で「天道に順う」の意。天道に順うとは即ち『仁』に順うことである。医と人の道を示すものとして大学の指針となった。順天堂大学は、日本の西洋医学の祖である。天保九(一八三八)年に蘭方医学塾として開学した。学是は『仁』であり、大学の校章も『仁』に由来する。
「杏林」とは、後漢時代の医師、董奉(?~280)の故事に由来する。彼は貧しい患者から治療費を受け取らずに杏の苗木を受け取った。多くの患者を治療したので立派な杏の林ができた。そこで名医のことを「杏林」というのである。杏の種は「杏仁」といい、咳止めや便秘薬として人々をさらに救った。ただし杏仁は苦い。それを食べやすく加工したのが杏仁豆腐である。



医の旧字体が意味するもの

『医』は『匸(かくしがまえ)』+『矢』で、矢を隠す箱を意味する。したがってこの字には病気などを癒すという意味はない。しかし旧字体を見れば意味は明らかとなる。旧字体では『醫』である。成り立ちは、『殹』+『酉』。『殹』は『医』+『殳』。『殳』は部首で「ほこづくり」といい、矛や声を表す。合わせると『殹』は矢を隠した箱と声を意味し、呪術や苦しむ声を表現している。『酉』は動物の鶏とは関係がない。酒や酒瓶で薬を意味し、合わせて「苦しみを癒すこと」の会意文字となるのである。もう一つの旧字体の『毉』は『酉』の部分が『巫』となったものである。これは「苦しみを癒すこと」の方法が巫術となる。
人類は太初より病と戦ってきた。恐らくこの病という苦しみと人間とは永遠に向き合うことになるのだろう。コロナ禍では最先端医学の拙さや危うさを存分に味わうこととなった。新字体からは医の何たるかは少しも伝わらない。
医は仁術という。江戸時代の儒学者、貝原益軒(1630~1714)の著書『養生訓』(第六巻・択医)には、「医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救ふを以て、志とすべし。」とある。「択医」とは、かかる医者の吟味すべきことを指すが、良い医者とは『仁』の志を持つ者と断言されている。
また、より後代の医者、大江雲澤(1822~99)は、「医は仁ならざるの術、務めて仁をなさんと欲す」といった。彼の作成した医則にそって意訳すれば、「医を仁術たらしめるには、文献のみならず、自らの経験や同僚や後輩の意見、何よりも患者から学ぶ謙虚さが必要と考える」となる。
現代に必要なものこそ、この謙虚さであろう。医は仁術である。然るにあらゆる専門職は仁術でなければなるまい。仁とは何であるのか。医とは何であるのか。混迷する現代社会。今こそ原点に帰すべき時なのだろう。(つづく)

水間 一太朗(みずま いちたろう)
アートプロデューサーとして、欧米各国、南米各国、モンゴル、マレーシア、台湾、中国、韓国、北韓等で美術展企画を担当。美術雑誌に連載多数。神社年鑑編集長。神道の成り立ちと東北アジア美術史に詳しい。

2502-19-06 6面
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