韓国の尹錫悦大統領は7日の国民に向けた談話で、今年4月の総選挙で与党・国民の力の候補公認に、自身と妻の金建希氏が介入したという疑惑を巡り、陳謝した。
これ以外にも様々な疑惑と失政が重なり、尹大統領の支持率は落ち込み、就任以来最低を記録。野党・共に民主党は、ソウルの南大門付近の通りで、参加者が手にろうそくを持ち抗議の意を示すろうそく集会を開くなど、攻勢を強めている。
北韓に圧力をかけ続けている尹大統領が苦境に立たされている現況に、金正恩総書記はさぞかし留飲を下げているだろう。同時に、韓国の反尹錫悦の空気を北韓国内で活用しようとしている。
北韓メディアは、反尹政権を掲げる集会を大きく報道。北韓当局は、国民を対象にした特別情勢講演会も開いている。講演会では、「毎週土曜日ごとにかいらい韓国では、ろうそくデモが行われている。これは労働者、農民、青年、大学生、野党のメンバーが立ち上がり、尹錫悦を打倒するためのものだ」としながら、尹大統領を「民生を破綻させた張本人」で「韓国を戦争の危機にさらした張本人」でもあると強調。そのうえで、「(韓半島が)戦争に巻き込まれつつあることに反感を抱いた韓国の人民は、ろうそくデモの行進を断行し、尹錫悦かいらいとその妻である金建希を八つ裂きにして殺そうという大行動で団結している」と主張した。
共に民主党側は、今月4日に開かれた集会には30万人が参加したと発表したが、警察発表の1万7000人と大きくかけ離れている。
韓国全体で激しい議論が行われていることに間違いはないが、朴槿惠大統領(当時)を退陣に追い込んだ、2016年のろうそく集会の熱気とは程遠い。ましてや「八つ裂き」などと公言する人はいないだろう。
北韓の講演会では、「正義、公正な検事のように国民を騙して大統領の座に就いた尹錫悦は、今では公正と常識を捨てて妻の不正を隠蔽する」と非難している。また、「尹錫悦がロシア・ウクライナ戦争に大切な息子たちを派兵しようとしている」とし、「われわれもロシアのきょうだいのために何をするか国家レベルで考えている」と強調するが、北韓軍兵士がロシアに派兵されていることについては、いっさい言及しない。また、「尹錫悦政権が弾劾で滅びる日は遠くない。韓国の愛国的な国民と力を合わせ、国土占領完遂を成し遂げなければならない」としている。
放棄したはずの韓半島の統一、それも「武力統一」を主張するなど、実にちぐはぐな主張を展開しているのである。北韓が韓国非難を通じて内部統制を図るのは常套手段だが、得てしてこの手の講演では、参加した人々が真逆のメッセージを受け取ることが多い。
例えば、「韓国では大統領の顔写真を破って名前を呼び捨てにしても、何の問題にもならない」「大統領が間違えば、デモをして弾劾もできる」などと、受け取り手には「北韓とはちがい、韓国には自由がある」となるわけだ。すなわちオウンゴールである。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。 |