北韓が朝鮮人民軍(北韓軍)兵士をロシアに派兵している。金正恩総書記は2024年、北韓軍特殊部隊である「暴風軍団」の三つの部隊を視察した。視察では「一にも二にも三にも実戦訓練」が重要と檄を飛ばしていることから、ロシア派兵を念頭にした視察であることが窺える。
確かに北韓軍兵士は6・25戦争以降、実戦経験がない。今回の派兵で、ロシアからの様々な対価と同時に、兵士たちに実戦経験を積ませることができれば、金正恩氏にとっては「一石二鳥」となるわけだ。
ただし、今回のような大規模派兵は過去に例がなく、ウクライナとの戦闘で多数の兵士が犠牲になれば、必然的に北韓軍の動揺は避けられないだろう。北韓軍兵士がいくら金正恩氏に絶対服従を誓っていたとしても、いざ生死の境目となれば離脱する兵士がいても、まったくおかしくはない。金正恩氏が決断したロシア派兵は極めてリスクの大きい危険な賭けでもある。
実際、北韓軍の動揺を誘うような動画や画像がSNSを中心に出回っている。ウクライナ側からの情報戦と見られるが、残念なことにそのほとんどが質の悪いフェイクニュースの類いだ。
唯一、検証に値するのは、ドイツ在住だという人物のX(旧ツイッター)アカウントが10月31日に投稿した動画だ。ロシアに派兵されて負傷した北韓兵とされる人物は、6・25戦争を「祖国解放戦」と呼んだり、その抑揚など北韓出身者独特の表現で証言していることから、北韓出身者であることは間違いない。検証に値する動画ではあるが、正体を特定する情報はなく、撮影された目的、誰に向けたものなのかも含めて真偽は不明だ。
一方、このアカウントは投稿に真実性を持たせるためか、北韓軍の身分証と北韓軍兵士とされる写真を別に投稿したが、こちらの方は一笑に付すほど低いレベルの画像だった。たとえば「朝鮮人民軍軍人身分証」となっているが、北韓では「身分証」ではなく「公民証」であり、軍人は「軍人証」である。写真の北韓軍兵士とされる人物は、北韓兵らしくない、おしゃれなヘアスタイル(フェードカット)で色も白く、ご丁寧に眉毛まで整えている。
北韓軍の兵士は日頃の訓練に加えて、建設現場での土木作業や農作業で日焼けしている。それ以外も、日頃から北韓情報に接し北韓軍の特徴などを把握していれば、根拠を示してニセモノだと説明できるまがい物ばかりだ。情報戦のつもりでやっているとするなら、極めてお粗末な素人レベルだ。
何よりもウクライナのゼレンスキー大統領は、韓国KBSとのインタビューで、まだ北韓兵士は戦闘に参加しておらず、前線に配備されていないと明言している。
北韓のロシア派兵は、今後の朝ロ関係、韓半島情勢を見るうえで、極めて重要な問題であり、真実に基づいた検証が必要である。そうでないと、かつて一部のメディアが「金正恩影武者説」に乗っかって大恥をかき、情報検証の信頼性を失ってしまったというようなことになりかねない。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。 |