韓国高速鉄道KTXの歴史は1994年、フランスのアルストム社と技術移転契約を締結したことから始まった。
KTXが正式に運行を開始したのは2004年4月で、この時、フランスの技術者たちは韓国に対し高をくくっていた。
「韓国は独自で高速列車を開発することはできないだろう」という見方だ。
高速列車は時速300キロ以上でも安定感を保ちながら走行できるよう設計しなければならないが、韓国の技術力では難しい、との指摘だった。当時、高速列車の開発と商用化に成功した国は、ドイツ、フランス、日本の3カ国に限られていた。
フランスのTGVは、廃番となったモデルを韓国に提供し、技術の核となる部分は徹底的に排除した。現地に技術を学びに行った韓国の技術者たちには傲慢な態度で接した。もちろん、資料も部品も入手できなかった。高速列車の技術は「国家機密」と同じだからだ。技術の移転を拒否するフランスの動きを背後で見守った技術者たちは、韓国に戻り、様々な実験を行った。
それから4年後の08年、韓国型高速列車KTX山川号が誕生した。山川号の出庫式に招待されたフランス人たちは複雑な表情だったという。こんなに早く、韓国が高速鉄道を国産化するとは想像もしていなかったのだ。
しかしKTXは輸出のチャンスをつかむことができなかった。世界の高速列車市場は、先頭と最後尾の車両だけが駆動する「動力集中式」から、全車両駆動の「動力分散式」へと進化していたが、KTX山川号は旧型の動力集中式を採用していたからだ。
開発会社である現代ロテムは、改めて動力分散式車両の開発に乗り出した。そして19年、ついに再度の国産化に成功した。それがKTXイウムであり、今回ウズベキスタンとの輸出契約(2700億ウォン規模)の締結へとこぎつけたのも同車両だった。
KTXの運行から20年目、フランスTGVとの契約30年目にして達成した初の輸出だ。現代ロテムはこれまでブラジル、マレーシア、シンガポールへの高速鉄道の輸出を狙ってきたがそのつど挫折してきた。
これまでに韓国が高速列車の国産化に投入した資本(民間+国の支援)は2兆7000億ウォンであり、今日における世界の高速鉄道市場は年間32兆ウォン規模だ。
自転車の車輪ですら作れないほどの後進国だった韓国が今日、世界の自動車販売3位にランクする現代自動車の歴史を作ったように、今度は高速鉄道KTXが輸出神話の仲間入りを果たすことになるのだろうか。
(ソウル=李民晧)
新型高速鉄道「KTX-青龍」の命名式(写真提供=大統領室) |