ここまで言うのは本当につらいことだが、この1000年余りの間、万葉集解釈の試みは無駄足だったと言わざるを得ない。
古代天皇家に明らかに異変があった。そうでなければ228番のような極秘の歌が外に漏れるなどあるはずがない。これまでの研究は、このような事実にまではたどりつけなかった。
228番歌は711年、河辺のとある宮人が姫島の松原で嘆きながら作った歌である。元明天皇が藤原京から平城京に都を移したのが710年であるから、平城京への遷都直後の歌なのだ。郷歌製作法に従えば、この歌は次のように解読される。
妹 之 名者 千代尒 將流/姫嶋 之 子 松 之 末尒 蘿 生 萬代尒
事理に暗い女(妹)が犯したことが、将来千代に及ぶだろう。彼女の子孫が死に、また死に、最後には蔓草になり衰えればいい、万代に。
一方、研究者たちは次のように解釈してきた。
いもがなは ちよにながれむ ひめしまの こまつがうれに こけむすまでに
娘の名前は長く伝わるだろう。姫島の松の枝が大きく伸びて苔が生えるまで。
(郷歌法で)解いてみたら228番は恐ろしい歌だった。ある宮人が、持統天皇の子孫が途絶えるようにと祈っていたのだ。彼の幼い娘が処刑されたため詠んだ歌のはずだ。首が百個あっても足りない呪いの歌だった。
歌の核心歌詞を説いてみよう。道理に暗い女(妹)とは、持統天皇を指す。妹の辞書的意味は「事理に暗い(昧)」である。万葉集で、「妹」という文字は「昧」の意味で使われている。したがって「妹」は「世の中の理に暗い女」という意味で解かなければならない。持統天皇の時代、皇子たちや臣下たちは持統天皇を「妹」という文字で呼んでいた。
持統天皇の息子の草壁皇子は27歳の若さで亡くなった。持統天皇は(亡くなった)息子が日になって昇る夢を見てからというもの、時と場所を問わず日が昇る場所を訪ね回った。農繁期であろうが、遠かろうが近かろうがお構いなしで、止めても無駄だった(日本書紀)。悲嘆に暮れる母の目には何も見えなかったはずだ。それで、彼女のことを「世の中の理に暗い女(妹)」と呼んでいた。
河辺とはあの世に行く渡船場を意味する。万葉時代の古代人は「人は死ぬと、魂があの世に行く船に乗るために水辺に行く」と信じていた。河辺の宮人は若い娘を船に乗せてあの世に送りながら、嘆息していたわけだ。「松原」を松の原野と解いてはならない。固有名詞法をもって解かねばならない。固有名詞の意味は歌を作った意図と一致するという法則だ。松は「破字法」という方法で解ける。松=木(棺)+公(貴人)となる。貴い人が棺に入っているという意味だ。貴い人とは、持統天皇の男系子孫のことを指す。つまり松原は、持統天皇の男系子孫が葬られた場所のことを意味しているのだ。宮人は祈っている。持統天皇の子孫たちも私の娘のように死んで、次々と野原に埋まるようにしてください。宮人の呪いは、なんと恐ろしいことか。
衝撃の万葉集、228番歌<つづく> |