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最終更新日: 2024-11-19 12:39:03
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2024年02月29日 12:48
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金永會の万葉集イヤギ 第1回
歴史を変えた歌、『万葉集』20番歌(上)


日本古代史の最大の謎の一つとされる「壬申の乱」の勝負の行方は、どこで分かれたのだろうか。『万葉集』はその答えを、第1巻20番の歌中に抱いている。
663年、韓半島西海岸の白村江で倭国軍は新羅・唐連合軍に敗退した。その傷は深かった。中大兄皇子は敗戦後5年も経った668年1月3日になって、ようやく天皇に公式即位することができた。天智天皇である。母・斉明天皇の死から7年もの月日が流れていた。白村江の敗戦と、その後断行した近江大津京への遷都は民心の離反を呼び、中大兄皇子を常に圧迫していた。
668年5月5日、天智天皇は蒲生野に狩りに出かけた。即位から4カ月が過ぎた春の日だった。大海人皇子(のちの天武天皇)をはじめ高官らが大勢出席した。この年、相次いで実施された天皇即位の儀と大規模な狩猟が、民心を収拾しているという自信の表れだった。すべてが百済(白村江)派兵以前の状態に戻ったようだった。
一方、天智天皇の妻である額田王は寂しい日々を過ごしていた。それは彼女が作った多くの郷歌からうかがい知ることができる。その日、会場をうろついていた額田王の目の前に、大海人皇子がいた。大海人皇子は茜色に染めた服を着ていた。大海人が彼女に近づいた。2人は昔、恋人同士だったが、白村江の敗戦後、何年も会うことはなかった。そんな2人が猟場で会ったのだ。
大海人がついて来いと言って草むらを指差した(指)。額田王は慌てた。他の人が見ていたらどうするつもりだろう。だが、周りを見回すとそこには誰もいなかった。野を警護する者(野守者)さえ見えなかった。しかも大海人皇子は「戻る時に道を忘れないように」と、表示(標)までして先に馬を走らせていく(前野逝)。
振り切ることができなかった。彼は憎い男だった。渋々草むらに行くと、大海人皇子が自分の上着を脱いで袖を地面に広げていた。生い茂った草むらに隠れ、狩りの場も見えないところだった。
私の心はどうしたんだろう。全部忘れた感情だと思っていたのに。大海人が隣に座ると、息が詰まりそうになった。しかし一生懸命に整えた。心の炎がまた燃え上がろうとする。私にまたこんなことが起こるなんて。草虫の音が突然止んだ。天智天皇の妻と天皇の弟の禁断の密会だった。その日のことを額田王が歌にした。

茜 草 指 武 良
前 野 逝
標 野 行
野 守 者 不 見 哉
君 之 袖 布 流

この『万葉集』第20番歌に対する、これまでの解釈はこうだ。
「あかねさす紫草が一面に咲く野、しめ縄を張った狩り場を行き来なさり、野の番人は見ていないでしょうか。あなたが袖を振っているのを」
しかし最近、韓国で新たに論文として発表された「万葉集・和歌・解読法」(詳細は後述)では、このような解釈を拒否している。  

(つづく)

2402-29-06 6面
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