監察委員長 候補者
李 根 茁(69歳 現 中央本部 副団長)
안녕하십니까 존경하는 중앙위원·대의원, 선거인 여러분, 그리고 조직 선배를 비롯한 단원 여러분.
평소 동포사회의 번영을 위해, 또 민단조직의 발전을 위해 헌신적으로 노력하고 계시는 여러분께 진심으로 경의를 표합니다
こんにちは。尊敬する中央委員・代議員、選挙人そして、組織幹部と団員の皆様、いつも同胞社会の繁栄のため、また民団組織の発展の為に献身的にご努力されている皆様に心からの敬意を表します。
初めに本年1月1日、発災しました石川県能登半島地震に於きまして被災された皆様に心より御見舞い申し上げます。
現在、全国の民団で募金活動が行われており、地元石川県民団による支援活動を支えております。被災地の一日も早い復旧を願うばかりです。
私はこの度、来る2月28日、第56回定期中央大会の任員改選に於きまして、監察委員長に立候補いたしました、李根茁です。
私は宮城県仙台市の生まれです。
父は韓国慶尚南道の昌原郡鎮田の生まれで、日本にわたり仙台に落ち着いてからは宮城民団の団長をされ、祖国に貢献したいと釜山南浦洞にホテルを建て、老後は晋州で過ごし92歳で亡くなりました。
私は小さい時から父に民団の行事に連れていかれ、娯楽のない時代民団が身近にあったのを覚えています。民団に行けば先輩たちに会えて楽しく、心地よかったのです。
自分の中で何かが変わったのは、1975年大学3年の時、強制的に行かされた第四回中央青年教育院を受講したことでした。民団の歴史や韓国のことを勉強したことより、日比谷公園での6.25韓国動乱25周年中央民衆決起大会に参加をし、デモ行進にも参加したことでした。あの時味わった高揚感は後々の民団組織にどっぷり漬かるきっかけになりました。全国から集まった人の波、うち振るう各県の旗、壇上に掲げられた大きな太極旗は若い自分を変えるのに十分でした。
それ以来宮城韓国青年会に入会し、気が付けば53歳で民団宮城の団長を任されるようになりました。
在任中起きた東日本大震災では発災から程なくして、民団事務所に来られた中央本部の韓在銀副団長と林三鎬副団長両名に初動整わない我々を指導していただきました。その後届いた、全国からの支援物資を基に県下の被災同胞世帯に支援活動を、団一丸となって行うことができました。
若い時味わった高揚感が震災を経て全国組織の真価を発揮した姿に感動と感謝をしつつ恩返しの行動ができないか、考えるようになりました。組織の中で何か役割がないか、宮城民団の常任顧問には就いていましたが…そんな時、当時の呉公太団長に人権擁護委員会設置の話を頂き中央にかかわるようになりました。
民団組織が血肉化したように思える私は、今、民団が衰退、分裂、崩壊しないか心配です。
規約は必要です、しかし、権力側が自分たちの解釈で自分たちを守るために運用するべきではありません。規約は一般団員の権利をも守るためにあるということを肝に銘じて、次の世代に渡す健全な組織作りに協力をしてまいります。
中央委員・代議員、選挙人の皆様、私を監察委員長に選んでいただいた暁には、独善的でなく民主的で開かれ、強靭で柔軟な、組織になるように最善を尽くします。そして、規約にのっとり監察機関に与えられた任務に精励することをお誓い申し上げます。
皆様の熱いご支援をお願い申し上げ所信表明といたします。
■プロフィール(組織経歴)
1981年~1983年 宮城韓国青年会会長
1998年~2007年 民団宮城 副団長(3期)
2007年~2013年 民団宮城 団長(2期)
2013年~現在 民団宮城 常任顧問
2014年~現在 民団中央人権擁護委員会
委員長(4期)
2018年~現在 民団中央 副団長(2期)
李根茁氏
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